78話 薬師の金策
俺はヤクモを投げ捨て、YESボタンをタップ。
投げ捨てられたヤクモが器用に一回転して地面に着地する――直後、【薬師】スキルを覚えた衝撃が俺の身体を貫く。
『こらっ! もっと大切に扱えといつも言っとるじゃろ! なのにお前は――なんじゃその顔……』
ヤクモから抗議のメッセージが届くが、スキル習得の衝撃に顔をしかめている俺を見て、なぜかその勢いを失う。
『……あっ、もしかしてイズミ、顔のことを気にしとったのか? い、いや、そんなには悪くはないぞ? よくもないが……。とにかく、そのう、ワシとしては、ちょっとからかっただけのつもりじゃったのじゃ……。このとおりじゃ、本当にすまぬ……』
こちらを見上げていたヤクモがしゅーんと頭を垂れる。
おい、やめろ。勝手に勘違いして、そこまで真剣に謝られると逆に傷つくんだが? 『怒ってねーよ』とポチポチとタイピングして誤解を解いていると、耳元から感心するような声が聞こえてきた。
「ほう……。てっきり毛皮を巻いているのかと思っていたのだが、それは獣……いや魔物だったのか」
ルーニーが足元のヤクモを興味深く見つめている。
「あー、そうです。俺の従魔でヤクモっていいます」
「ニャン」
誤解を解いて元の調子を取り戻したヤクモが挨拶をするように鳴く。
「従魔は町でもなかなか見ないものだ。私も従魔の素質が欲しいと常日頃思っているものでね、実に羨ましい。それにこの子も知性を瞳に宿した賢そうな顔をしている。君は良い出会いを果たしたようだな」
その言葉にヤクモが尻尾をパタパタさせている。相変わらず褒められるのに弱いヤツ……。
「でも従魔って、薬師の仕事とあまり関係のない気がするんですけど、どうして従魔に興味が?」
そんな俺の素朴な疑問に、ルーニーは静かに答える。
「それはな、実は少し前に発見された新たな霊薬の製造法なのだがな……。それはとある果実を従魔にひたすら食べさせるというものなのだ」
「はあ、果実をですか……?」
「うむ。もちろんその辺に落ちているような果実ではなく、特殊な果実だ。それを従魔に食べさせ続ける。これは従順な従魔にしかできないことだ。すると、どうなると思う? ……胃や腸で消化しきれなかった果実の種がそのままフンとして排出されるのだよ」
「はあ、まあそうでしょうね」
「話はここからなのだ。従魔の体内の魔素と絡み合った種は、非常に珍しい反応を起こす。その種がね、霊薬として高値で売買されているのだ。従魔は我々薬師からすれば金のなる木なのだよ……!」
たしか前の世界でも似たようなコーヒー豆ならあったよな。ルーニーがヤクモの尻を見ながらキラキラと瞳を輝かせると、ヤクモが尻尾で尻をサッと隠し、恐怖におののいた。
『あわわわわ……。なんと変態的なことを思いつくのじゃ、人の子というやつは……』
「イズミ君、君さえよければ、今回の礼に果実と処方箋を届けてもいい。もちろん従魔の種類によっては霊薬が作れないこともあるかもしれないが……どうだ? 試してみるか?」
『絶対やらせんからな!』
俺が答える前にヤクモはぴゅーっと前を歩くキースの方へと走っていった。さすがに俺だって金のためとはいえ、ヤクモのフンを選り分けるのはイヤだっての。
◇◇◇
途中でキースが置きっぱなしにしていたワイルドボアを拾い、しばらくして森を抜けた。早めに切り上げることになったので、まだ昼にもなっていないような時間帯だ。
そこでようやくルーニーがくじいた足首にヒールをかけてやる。ルーニーは釈然としない表情を浮かべていたが、黙って治療を受けていた。
自分が無理してずっこけたこともあり、とりあえずは納得しているのだろう。
村への帰り道。会話が途切れたタイミングで、今は交代して俺が引きずっているドルフに足先でチョンと触れてみた。さっそくドルフのスキルもチェックする。
『おや? 【身体スキル】になにもないな』
てっきり剣術的なスキルがあると思ったんだけど。
『鍛え上げても人並み程度ってことじゃろ。そういうのはスキルとして検索されんからな』
ふーむ。俺の不意打ちを防いだし、それなりの腕前だろうなって思っていたのだが……。
えっ!? もしかして誰にでも防げる程度のものだったってこと? やだ、俺って自己評価高すぎ? これはちょっと恥ずかしい。
などと思っていたら、特殊スキルの方にはこのようなものがあった。
【悪心】【危険感知】
『【危険感知】か。俺の一撃を防いだのは、もしかしてコレか?』
『うむ、そうじゃろうな。持っていたところでこやつのように負けるときは負けるだろうが、致命傷を防ぐことくらいにはなるかもしれん。覚えておくといいぞい』
『そうするか』
俺は10☆を消費して【危険感知】を取得した。
ところでこの【悪心】ってのはなんだろう? たしか転移初日に遭遇した野盗も持ってたような気がする。俺は試しに【悪心】をタップしてみた。
《これは悪事に手を染めても精神的負荷がかかりにくくなるスキルじゃ。このスキルがあるから悪人になるのか、悪人にこのスキルが芽生えやすいのかはわからんが、とにかく悪人がよう持っとる。ぜーったい、覚えるでないぞ!? スキルポイント1を使用します。よろしいですか? YES/NO》
『わかってるよ』
もちろん習得するつもりはない。俺はツクモガミをオフにして前を向く。レクタ村はもう目と鼻の先まで近づいていた。
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