73話 狩りに出発

 まだ薄明かりの空の下、集合場所の村の門へと向かう。そうして村の門が見えて来た頃、教会から鐘の音が響いてきた。


 早朝の鐘が鳴る頃に集合とのことだったのだが、門の付近をよく見るとキース兄妹はすでに門前で待っているのが見える。


 俺は鐘が鳴り響く中、駆け足で門へと急ぎ、二人に声をかけた。


「悪い、少し遅れたな」


「我々が早く待っていただけだ、気にするな。それよりもほら、矢を作ってきたぞ」


 キースは背中に背負っていた二つの矢筒のうちの一つを俺に手渡す。中にはぎっしりと手作りの矢が入っている。


「ありがとう。本当に矢の代金は要らないのか?」


「ああ。お前に狩人の知識を一通り教え込むまでは要らん。それが俺からのせめてもの礼だ」


「そういうことなら遠慮なく貰うことにするよ。ラウラも今日はよろしくな」


「うん、よろしく」


 落ち着いた声でラウラが答える。こないだのように変に取り乱した様子はない。やはりこの間は兄貴がいなくて緊張していたんだな。嫌われてはいないようで一安心だ。


 ちなみにいつもの門番のおっさんは今日も椅子に座ってはいたが、ぐうぐうといびきをかきながらぐっすりと眠っていた。


 鐘の音や俺たちの会話でも目を覚まさないのは称賛に値するが、門番としてはどうなんだろうなあ。ヤバい連中がこの辺をウロウロしていたらどうするんだよ。


 ちなみにこのおっさん、仕事はまともにしているようには思わないけど拡散力だけはすごい。


 俺がやって来た翌日には村中に俺のことは知れ渡っていたし、この間の森で魔物を倒して生還したときなんて、門前で待っていたクリシアの様子を見て、クリシアが俺に惚れていると思ったらしく、その噂はすぐに拡散されて診療所ではずいぶんと冷やかされたもんだ。


 親父さんの発言力でその噂はすぐに立ち消えてくれたが、レクタ村のインフルエンサーと言っても過言ではない。


 俺はおっさんを揺すり起こした。


「おじさん、門番が寝ちゃだめですよ」


「……フガッ! ねっ、寝てませんとも!」


 ビクンと肩を震わせて、おっさんが声をあげる。


「おっ、おやっ、イズミさんではないですか。今日はどちらに?」


「これからキースたちと森へ狩りに行ってきます」


「おお、そうですか。お気をつけてくださいね」


「はい、それじゃあ行ってきます」


 俺たちはそのまま門を通り抜け、森に向かって歩いていく。


 もちろん今のはただの親切だけではない。門番のおっさんのスキルは拝見していないことを思い出したので、物のついでというやつである。


 門番のおっさんの持っていたスキルはこんなところだ。


 【棒術】【鈍感】【吹聴】【熟睡】


 【棒術】がある。門番だけあって、さすがに腕は立つのかもしれない。俺はおっさんを少しだけ見直した。でも棒術はもう覚えているし、他も役に立ちそうになかったのは残念だ。


 少しガッカリしつつ森への道を歩いていると、キースは足元のヤクモを見つめながら俺に話しかけてきた。


「そういえばその従魔……ヤクモと言ったか。ヤクモは狩りではなにができるのだ?」


「えっ? なにが……とは?」


「俺が以前聞いた話だと、従魔使いには従魔に狩りを手伝わせる者もいるらしい。獲物の居場所を探したり、獲物を主人が狙いやすい場所まで追い込んだりとか」


『ヤクモ、お前そういうことできるのか?』


『できるわけなかろう。ワシは肉体労働は苦手なんじゃい』


 ですよねー。俺は素直にキースに答える。


「キース、すまない。コイツはなにもできないヤツなんだ……」


『こら! それだとワシが無能のようではないか! 要は適材適所なのじゃ!』


 ヤクモが異議を唱えるが、ツクモガミ経由のメッセージが見えるわけもないキースは、唖然あぜんとした顔で俺に尋ねる。


「な、なにもできないのか……。それならどうして狩りに連れてきたのだ?」


「連れてきたというか、付いてきたというか……。まあ邪魔にはならないと思うので、コイツのこともよろしく頼むよ」


 俺の言葉にヤクモが深く頷く。結局のところ連れて行かないとうるさいからな。ヤクモの頭の中には、自分にやれることがないから自宅待機をするといった考えはない。


 コイツはいつも虎視眈々と、なにかやれる仕事がないか探している。そんな仕事中毒ワーカホリックなのだ。


「それならヤクモが狩りの邪魔をしないようにイズミが気を配ってやることだな。狩りでは一瞬の失敗がその日の後悔につながる」


 そんなキースの言葉に、ラウラが珍しく反論する。


「兄さん。ヤクモはかしこいから邪魔はしないよ。それに人間の言葉がわかるらしいから、言い方にも気をつけてあげて」


「ああ、そうだったな。すまなかったヤクモ」


「ウニャン」


 頭を下げたキースに、偉そうにヤクモが鳴いて答えた。それにしてもラウラといいクリシアといい、女性陣にはヤクモは人気のようだ。本性を知っているからか、どこがかわいいのか俺にはよくわからんけど。



 それからキースから森に入るときの心構えや注意点なんかを聞きながら移動を続ける。


 例えば、森に入るときは目立つ木や石になにかの目印が置かれていないか、毎回調べるそうだ。


 あの森にはキースたち以外が入ることは滅多にないが、仮に目印があった場合は、誰かが森に入っているということらしい。そういう目印を置くことで、獲物と勘違いして誤射しないように気にかけてほしいというアピールだという。


 まあ前の世界でも誤射による痛ましい事故はたまに聞いたもんな。少しでも事故の確率を下げるために、連絡し合うことは大事だろう。


 そうしていくつかの注意事項を聞いてるうちに森の入り口が見えてきた。前に来た時には必死だったのでよく覚えてなかったが、森のすぐ近くにはゴツゴツした大岩がそびえ立っている。


 そしてその大岩には、切断面がまだ新しい木の枝が二本、立て掛けられていた。

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