16話 ヒール+1

 俺はYESのボタンを押した。


 その直後、脳天から足のつま先に至るまで膨大なエネルギーが俺に注ぎ込まれ――


「あばばばばばばばばばばばばば!!」


 わけのわからん声が出てしまうくらいの衝撃が全身を駆けめぐあばばばばばばばばばば!!


 なんだコレ! これまでいくつかスキルを覚えて、もう慣れていたつもりでいたのに、今まで食らってきたものと比較にならんくらいにキッツいんですけど!?


「えっ!? イズミ! どうしたの大丈夫!?」


 クリシアは俺の背後にまわると、奇声を上げて体を震わせている俺の背中を丁寧にさすってくれた。その優しさが心に染みるが、状態は一向に改善しないあばばばばばばばば!


 だがそうしてクリシアに背中をさすられ、身体に流れる衝撃にじっと耐えていること数十秒……ようやく身体中を暴れまわっていたエネルギーが馴染んでいくのを感じた。どうやら峠は過ぎ去ったらしい。


「はーはー……。ありがと、クリシア。もういいよ」


 俺はずっと背中をさすってくれていたクリシアの腕にポンと手をあてると、ゆっくりと深呼吸をして息を整える。


 ……そして俺の中に新しいスキルが備わっていることを実感した。なるほど、これが【ヒール+1】なのか。


 スキルを取り込み、理解して、ようやくわかった。たしかにこれはスキルポイント10やそこらで覚えられるようなスキルではないだろう。


 なぜなら効果が倍増どころではないからだ。自然治癒を早めたり痛みを和らげるだけではなく、骨折すら即座に治せるし、多少なら欠損してしまった部位すらも修復してしまえると思う。ホ◯ミの次に覚えたのがベ◯マって感じだよ。


 しかしこれなら親父さんを確実に助けることもできるだろう。


「親父さん、待たせたな」


 そう言って俺は親父さんに向けて継続して放っていたヒールをLv2に切り替える。


 するとこれまで優しく柔らかだったヒールの光に金色の粒子が混ざり、輝きは次第に増していった。そして膨れ上がっていく光の奔流が親父さんの全身を包み込んだ。


 その瞬間、親父さんの体から流れ尽くした後もじわじわ染み出していた血がピタリと止まった。


 さらにはひどく抉れた傷口からは肉がどんどん盛り上がり、その傷跡を塞ぎ始めていく。真っ白になっていた親父さんの顔にも次第に色艶が戻ってきているようだ。


「お、おお……!?」


 生死の境をさまよい虚ろな視線を漂わせていた親父さんが、目を見開いて声を漏らす。おそらく全身の気だるさもなくなったと思う。大量に失った血すらも元通りになっているだろうからな。どういう理屈かは知らないけど。


「親父さん、体調はどうかな?」


「し、信じられん。こんな回復魔法、俺は見たことがない……」


 親父さんがきれいに塞がった自分の腹を見て息を呑んだ。


「お父さん!? 平気? 本当に大丈夫なの? もう苦しかったり痛かったりしない?」


 駆け寄ったクリシアが矢継ぎ早に問いかけると、親父さんは優しい笑みを浮かべて彼女の頭をくしゃりと撫でた。


「ああ、大丈夫だ。……心配かけたな、クリシア」


「お父さん、お父さんっ!」


 血に塗れるのも気にせずに血まみれの親父さんに抱きつくクリシア。それからしばらく父娘の抱擁が続き、俺はなんともいえない充足感を抱きながら、その光景を眺めていた。



 やがてクリシアがぐしぐしと袖で涙を拭いて、俺に顔を向ける。


「イズミ、ありがとね。君がいなかったら、今頃どうなっていたか……本当にありがとう」


 そう言ってクリシアは俺に笑顔を向けた。今まで泣き顔だったり眉間にシワを寄せていたり呆れた顔だったりと見ていた気がするが、こうして笑顔を見ると本当にかわいい娘だな。


「イズミと言ったか……。俺からも礼を言わせてもらう。本当に助かった。お前は俺たちの命の恩人だ……」


「あ、ああ……」


 言葉少なに返事をする俺。


 だってこの親父さん、死にかけて弱っていたときはわからなかったけど、はだけた上着から見える肉体は、ガッシリとしたムキムキ体型でビックリしたんだもの。本当に神父なのか? この人。


 そんなどうでもいいような発見をしながら、ようやく一段落がついた。と思ったら、そんな俺たちに休むヒマもなく、次のトラブルが息を切らせながらやってきた。


「はあっ、はあっ、はあっ! 見つけたぞ、このクソがあっ!」


「ほらね? 兄貴、まだ間に合うって言ったっすよね?」


「次は……足の腱を切ってやるよ」


 兄貴小男ナイフ男の野盗三人組が声を荒げながら森のふもとから姿を現したのだ。いずれやってくるとは思っていたが、いくらなんでも早すぎだろ!


 しかし幸いなことに、距離はまだ離れている。野盗はここまでの移動でそれなりに疲れているはずだ。ここから三人で走れば逃げ切れるかもしれない。さっさとトンズラだ――


 だがその時、俺の足の力がガクンと抜けるのを感じた。あ、あれ? なにこれ……?


 俺は膝をつき、そのまま頭からべしゃりと地面に倒れ込んだ。ふいにツクモガミのモニターが出現し、俺の目線に合わせて近づいてくると画面に文字を表示させた。


【警告】

《急激なMPの減少により、イナムラ イズミは現在衰弱状態です》


 は、はあ? MP!? そんなもんがあるの? というか、このタイミングで?

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