166話 依頼達成

 俺が取り出したエルダートレントの周りにおっさんたちとエマが集まり、その巨体をまじまじと眺める。まずはガディムが口を開いた。


「ほう……。たしかにエルダートレントだ。そこそこやるとは思っていたが、まさか本当にC級推奨の魔物をE級とF級のたった二人だけで狩ってくるとはな。……この一撃がトドメになったのか? なるほど、従魔使いというのは伊達ではないらしいな」


 ガディムがエルダートレントの眉間部分に深々と空いた穴を覗き込み、それからヤクモをじいっと見つめた。


 ヤクモは意味がわからず首を傾げているが、ガディムはヤクモがエルダートレントにトドメを刺したくらいに思っていそうだ。まあ手の内を明かす必要もないので黙っておくけど。


 そこで突然、背中をバンと叩かれた。見ればバジがニカッと笑顔を見せて俺の肩を抱きながら耳元で大声を上げる。


「イズミ! 俺はお前ならやれると思ってたぞ! 俺も低ランクの時に大物狩りで名を馳せたから……わかるっ!」


 過去を思い出すようにぐっと目をつむり、ウンウンと頷くバジ。相変わらず根拠は不明だが俺を信じてくれていたらしい。


 そんな俺たちをエマは半目で見ると、背中を丸めて軽いため息を吐く。


「はあ、アレサさんもそう言ってましたね。さすがアレサさん、その慧眼に曇りなしってところですか。……私は逆に少し自信をなくしちゃうっすねー」


 エマは俺たちを心配していたようだったからな。しかし普通に考えればそれが当たり前だろう。だからそんなの気にする必要なんてないのだ。俺は励ますようにエマに声をかける。


「エマさんはエマさんでいいところあるから、アレサさんと比べる必要なんかないって。俺はエマさんのことが気に入ってるよ! これからもよろしく!」


 愛想悪いところとか最高だろ。これからも行列を作らずに粛々と仕事をこなしてほしい。


 そんな俺の言葉にエマは目を丸くすると、あわあわと早口で捲し立てる。


「えっ、あっ……はー!? いや、あの、私、そういうのはいいんで……。まあ、励ましの言葉として受け取っておきますケド」


 言いたいことを言ってぷいっとそっぽを向いたエマ。褒められ慣れてないのかもしれない。そんな照れずにこれからも堂々と己を貫いてほしいと思う。



 それからガディムがエルダートレントの全身を調べ、問題なしと判定。依頼達成ということで報酬を満額貰えることが確定した。エマはその場でさらさらと書類にサインをしながら俺に話しかけた。


「それじゃエルダートレントの報酬は、受付カウンターの方で渡しますんで。……ええっと、それから……」


 エマはしばらく口元をモゴモゴさせると、じっと俺の目を見つめて口を開いた。


「たしかにイズミさんには実力があるみたいすけど、冒険者の命は紙より軽いんすからね。くれぐれも調子に乗らないことっす。低ランクの大物狩りはたまに話に聞きますが、その次にあっさりと死んじゃうなんてことも同じくらいよく聞くんすから」


「あー……。わかった気をつけるよ」


 まあ俺もその辺は肝に銘じておかないとな。ヤクモが結構イケイケな方だし。


 そしてエマが冒険者ギルドに戻り、ガディムも解体の人手を呼びに裏口に入っていった。ルーニーから素材として使いやすく解体するよう、事前に頼まれていたらしい。


 そうしてしばらくエルダートレントの見張りとして広場に突っ立っていると、まだ帰っていないバジたち三人組がコソコソと話し合い、それから俺に向かってニチャッとした笑顔を向けた。


「なあ、イズミ。俺たちはこれから遠征帰りの打ち上げでパーッと遊ぶつもりなんだが、お前も一緒にどうだ?」


 そう言ってバジは指をなんだか指を怪しく動かした。こねこねと指を擦り合わせるような仕草だ。


 その異世界ハンドサインはまったく存じ上げないわけだが――これはきっとエロいものだ。バジたち三人の顔つきからそれが想像できた。


 はあ、エロ関係ね……なるほど、なるほど。……そうか、ついに来たか。


 俺は万感の思いを胸に答える。


「一緒に行きます」


「おっ!? そうかい、そうかい、へへっ……。それじゃあ後で合流しようぜ。そっちはまだ手続きが終わってないだろ?」


「そうですね。とりあえず報酬をもらって、それからマルレーンと分配しておかないと」


「おう、わかった。俺ら夕方くらいまでギルドでダベってるからよ。もろもろの準備が終わったら声かけてくれや」


 バジたちはそう言い残し、俺の肩を叩いてギルドの中に入っていった。


『なんじゃ、どっか行くのか? ワシも一緒に行くぞ』


 話が理解できてないヤクモからメッセージが届く。なんだかんだでこっちに来てからヤクモと離れたことはほとんどないが、こればかりは連れていくわけにはいかない。


『今日は先に戻っておいてくれ。男同士の大事なコミュニケーションの時間なんだよ』


 俺の答えにヤクモは興味なさそうに後ろ脚で頭をかく。


『ほーん。まあ、お前もたまにはおっさんたちと水入らずで飲んで楽しむのもええか。ほんならワシは宿で待っとるけど、せめて宿まで送っていってくれよ?』


 どうやら酒を飲み交わすだけだと思っているらしい。俺は送迎を了承すると、その後の出来事を想像しながらガディムが戻ってくるのを一日千秋の思いで待ち続けるのだった。

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