131話 カツアゲ

 俺がおとなしく薄暗く狭い路地に入っていくと、隣を歩くヤクモからメッセージが届いた。


『こーんな人気ひとけのない所に連れ出し、数人がかりでお前を恐喝しようというのか? むうううう……! 怠惰なうえになんとも姑息なやつらよ! イズミ、こんなやつらに遠慮はいらんぞい! こてんぱんに懲らしめてやるのじゃ!』


 ヤクモは耳をピーンと横に張って、珍しく不機嫌な様子。それを見て、ふと思ったんだが……。


 俺が弱そうでカモに見えるというのは、まぁわかる。しかし、俺はいつも従魔を連れて歩いているというのに、ヤクモがめちゃくちゃ強くて凶暴だとか、このチンピラたちは考えないんだろうか?


 ……考えないんだろうなあ。ヤクモのきゅるんとかわいいおめめを見て、なんとなくため息が出た。


「おい、なに気の抜けた顔をしてやがる。今の立場わかってるのか?」


 チンピラリーダーが声を上げると、俺の肩を掴んで俺を路地の中央に立たせた。他の連中がニヤニヤと笑いながらゆっくりと俺を取り囲む。


「俺たちさぁ、今、金がなくて困ってるんだよ。だからよ、寄越せって言うんじゃねえんだ。必ず返すからさぁ、ちっとばかり貸してくんねえかな?」


『むっ、恐喝ではなく借金の嘆願であったのか? やり方は褒められんが、こやつらの困窮具合によっては少しばかり貸し出してやってもいいのではないのか? 必ず返すと言っておるし』


『すまん、ちょっと黙ってな』


 お人好しかつ世間知らずのヤクモを黙らせていると、チンピラリーダーが俺の肩を掴んだままの手にぐっと力を入れる。


「これはな、俺たちを助けるただの慈善活動なんだよ。お前、結構稼いでるだろ? 少しくらい俺らに貸してやってもバチは当たんねえんじゃねえか? なあ?」


「そうそう、そうやって世のため人のためになるコトをやっておけば、お前にもきっといいことがあるぜ?」


「逆に俺らに金を貸さねーような性悪には、この先どんな不幸が訪れるかは知らねーがな?」


「ギャハハ!」


 取り巻きたちも口々に声を上げる。ギャハハって笑う人、本当にいるんだ。そんなことを思いつつも、内心ちょっとはビビっている。とにかく間合いが狭くて人数が多い。


 やりあって負ける気はしないけれど、何発かは殴られるかもしれない。痛い思いはしないに越したことはないので、とにかく気が滅入るよなあ。


 俺は一度深呼吸をして覚悟を決めると、いつでもバットを取り出せるようにストレージのチェックをし――


 ――この路地に向かって歩いている一人の気配に気づく。その人物はすぐにこの路地に顔を出した。


「……よう、なんだか楽しそうなことをやってるようだが、一体どうしたってんだ?」


 路地に現れたマッチョなおっさん。それは薬草採集の初日に会って以来、毎日のように森で会っている三人組のひとり、斧おっさんだった。


「えっ、あっ、バジさん! そっ、その……バジさんにお聞かせするような話じゃないっす。これは俺らとコイツの問題なもんで!」


「……へえ、どんな話だ? ちょっと教えてくれよ」


 斧おっさんことバジはそのままのしのしと歩いてくると、取り巻きの一人を押しのけてチンピラリーダーの前に立ち、見下ろすように顔を近づけた。


「そ、それは――」


 それからチンピラたちは、俺がとにかく生意気な乱暴者でギルドの連中が困っている。ギルドの平和と風紀を守るために少しシメてやるところなんだと、根も葉もないことを言い放った。


 ひと通り話を聞いたバジは、顎に手をやりながら俺に話しかける。


「と、コイツらは言ってるが、本当か?」


「全部ウソですよ。そもそも恐喝されてる最中でしたし」


「テ、テメエッ、なに言ってやがる! ……バジさんは新入りのコイツより、古株の俺の話を信じますよね? ね?」


 媚びるように手を合わせながら、チンピラリーダーがバジにお伺いを立てる。ここまでの様子を見るに、バジは冒険者ギルド内でも顔役みたいなところがあるようだ。ギルドタグを見たらナッシュと同じC級だったし。


「んー……そうだなあ……」


 顎を擦りながら上を向き、しばらく考える仕草をするバジ。そして軽く頷くと――


 バキイッ!


 その場でチンピラリーダーを素手で殴り倒した。


「どっちを信じるかだあ? んなもん、この青年を信じるに決まってるだろう!?」


 そう言ってバジは俺の背中をバシンと叩く。


「こいつはなあ、きっと病気のカーチャンにうまい飯を食わせるために、毎日せっせと薬草集めをしているんだ。俺にもそういう時期があったから……わかるっ!」


 いや、俺にそんな事実はないけれど……。


「それに比べてお前らときたらどうだ? ずっとG級のままダラダラダラダラやりやがって! どうやって金をひねり出しているんだと思っていたが、こういうことを繰り返してたのか? ええ!? おいっ!」


 バジの啖呵に取り巻きたちが震え上がりながら一斉に後ずさる。それを見ながらバジは俺の肩に手を置くと、呆れたような顔でチンピラリーダーを見下ろした。


「それになあ。見なよ、お前らに囲まれてもこいつ全然弱った顔をしてないだろう? きっとお前ら、喧嘩したら負けるぜ? 新入りに喧嘩で負けてギルドで笑い者になるよりは、この辺で手を引いたほうがいいと思うが……どうよ?」


 その言葉に、チンピラリーダーは取り巻きたちに視線を向ける。そして取り巻きたちがぶるぶると首を横に振ったのを見て、悔しそうに顔をしかめた。


「ぐっ、バジさん……あんたがそういうなら……。チッ、新入り、命拾いしたな! おいお前ら、行くぞっ」


 チンピラリーダーが殴られた頬を抑えながら立ち上がると、取り巻きを引き連れて路地から走り去っていった。


「はあ、助かったのはあいつらだってのに、なあ?」


 逃げ去るチンピラたちの後ろ姿を見ながら、バジが俺に笑いかける。


「いやまあ、勝てるかどうかはわかりませんけど、ありがとうございます。お陰で助かりました」


 俺が頭を下げると、ニカっと笑ったバジがバンバンと俺の背中を叩く。けっこう痛い。


「いいってことよ! またあいつらが絡むようなら、いつでも俺を頼れよ! それから病気のカーチャンにもよろしくな!」


 そう言い残し、バジは手を上げて颯爽と路地を歩いていった。その背中に俺は声をかける。


「本当にありがとうございました! それから俺、病気のカーチャンなんていませんからー!」


 バジはピタリと足を止め一度こちらに振り返ると、真っ赤な顔でそそくさと路地の角を曲がり、俺の目の前から姿を消したのだった。

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