132話 ハンマーエイプ

「おう、今日も頑張ってるじゃねーか!」


「どうもこんにちはー」


 俺がカツアゲ未遂に遭ってから数日が経った。今日もせっせと薬草採集をしていると、いつものように三人組がけもの道を歩いてきた。


 先日の一件以来、三人組とは顔を合わせれば少しは会話をするような間柄だ。


 その時に聞いた話によると、彼らがこのリキアの森を通って山のふもとへと向かい、狙っている獲物の名前はハンマーエイプ。殴りつけられると鉄の鎧でもべっこりと凹むほどの怪力を持つ猿の魔物だと言う。


 ハンマーエイプはなかなか人前に姿を現さない魔物なんだそうだが、俺がライデルの町に訪れる数日前、この森で木こりをしている男が山のふもとで獣を殺して食事中のハンマーエイプを目撃したらしい。


 その目撃情報を元に商人から討伐依頼が張り出された。ハンマーエイプは硬い拳や毛皮、睾丸と様々な部位が高値で売れるそうで、討伐依頼の報酬も高額だ。


 ただし冒険者ランクC級以上推奨の手強い魔物でもある。それに食いついたのが、この三人組ということだ。


 彼らが調べたところ、たしかにハンマーエイプの物らしき痕跡フンはあったようなのだが、未だに一度も遭遇はしていないそうだ。


 一応、同じく山のふもとにいるクロールバードとかいう飛ばない鳥の魔物を倒して冒険者ギルドで売っているとのことで、儲けがまったくないわけではないのだけれど、このまま見つからないようなら依頼の破棄も検討しているとのことだった。



 そんな彼らを見送り、この日も薬草採集である。魔物を狩っていないのでゴールドは食費で目減りしているが、日々の薬草採集はそれなりに楽しい。


 毎日ルーニーが依頼してくる薬草は同じ種類だったことは一度としてなく、それもダレることなく薬草採集を続けられた要因なのかもしれない。そこまでルーニーが考えているかは知らないけど。


 キリのいいところで一旦作業を中断し、ヤクモと一緒にカップラーメンを食べる。外で食べるカップラーメンは相変わらず美味い。


 そして腹ごなしの休憩の後、薬草採集を再開しようとしたところ――いつもは俺が帰る時間になっても狩りの最中のはずの三人組が、早くも戻ってきているのを【空間感知】で感じた。


 もしかしたらついにハンマーエイプを倒したのかもしれない。それならお祝いの言葉くらい贈ろうかな。そう思い、俺は彼らのいる方角に足を運ぶことにした。



 ◇◇◇



 少し歩くとすぐに三人組は見つかったが、勝利の凱旋という様子ではないのはひと目見てわかった。


 彼らの姿を見てヤクモがフニャア~ンと情けない鳴き声を上げる。


『ふあああ、血じゃあ~……』


 ヤクモは相変わらず血を見るのが苦手で、俺がホーンラビットの解体をするときはいつも顔をそむけていたくらいだ。そんなヤクモのグロセンサーが反応するくらい、三人は血だらけの状態だった。


 特にバジが酷い。仲間の一人に肩を抱えられているバジは右肘が逆の方に折られ、左の太ももの辺りは真っ赤に血で染まっており、見るからに重傷だ。


 仲間の二人もところどころに傷を負い、顔をしかめながら足を引きずるように歩いている。


 俺が駆け寄ると、バジは普段と同じく軽い挨拶をするように左手を上げた。


「おうっ、イズミか」


「どうしたんですか? この傷……」


「ああ……。ついにハンマーエイプのヤツを見つけたんだがなあ、ドジこいちまってご覧のザマよ。まあ向こうにも傷を負わせることができたお陰か、なんとか逃げることができたんだけどな」


 脂汗を流しながらも口元には笑みを浮かべてバジが答えた。それを見て短剣男(名前は知らない)がため息を吐く。


「ったく、だから深追いするなって言ったろ?」


「バカ、ようやく見つけたんだ、あそこで逃す手はなかったろうが。って痛ててて……」


「まあそりゃそうかもしれねえが……。命があっただけよかったと思うしかねえな。それでも治療費のことを考えると俺は憂鬱だよ。はあ……」


 どうやら財政担当らしい短剣男が再び重いため息を吐く。


「え? 治療ってそんなにお金がかかるんですか?」


 レクタ村ではヒールが使える親父さんがたまに怪我人の治療をしていたが、お布施ということで支払いに関しては値段は決められてなかった。捻挫をしたおっさんが1000Rくらいの寄付をしていたのをみたことがある。


 短剣男がバジの折れた腕を見ながら答える。


「そうだな。俺らが行きつけの治療院はだいぶ安い方だが、それでもバジの腕は一度では治らねえだろうから何度か通わねえといけねえ。それだけで10万R以上はするだろうし、その間は依頼も受けられない、大損だよ」


 どうやら金も時間もかかるようだ。そういうことなら、これは俺に親切にしてくれたこのおっさんたちに恩を返すいい機会なのかもしれない。

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