169話 薄明かりの小部屋

 俺はクララちゃんと寄り添いながら部屋を出ると、途中の通路に置かれていた熱い湯の入った桶とタオルを持ち出し、二階の階段を上がっていく。


 二階には細くて長い廊下が伸びており、両サイドにずらっと扉が並んでいた。俺たちはその細い通路をゆっくりと歩いていく。


 廊下を進むと、周囲の扉からは男女の艶めかしい声がかすかに漏れ聞こえ、なんとも期待が高まってくるのを感じた。


 俺は最奥の部屋に案内された。クララちゃんが静かに扉を開け、真っ暗な部屋の中で廊下から漏れ出る光を頼りにテーブルに置かれたランプに火を灯すと、部屋の中が薄明かりで満たされた。


 テーブルと小物を置くような棚、そしてベッドしかない。シンプルな小部屋だった。


 クララちゃんがパタリと扉を閉めた。ランプのほのかな明かりだけが室内を照らす中、クララちゃんが胸元の開いたワンピースの肩紐を外し、それをストンと床に落とした。


 ワンピースを脱ぎ終えたクララちゃんは、下着姿のほっそりとしたシルエットを浮かべながら俺にゆっくりと近づいてくる。まだ慣れていないのだろうか、その顔は薄暗い中でもわかるくらいに羞恥に染まっていた。


 おいおい、さっそくかと思わなくもない。俺としてはもう少しゆっくりイチャイチャしたいところではある。けれど向こうの立場からすると、客は俺だけじゃない。数をこなして金を稼ぐのが彼女たちの仕事だ。


 それによく考えてみると、情に訴えかけられるとどっぷりハマる可能性もあるし、ビジネスライクなのはこれはこれでアリだな。風俗の深みにハマるとヤバいというのは、前の世界の会社の先輩方から学習済みである。


「えっと、とりあえず先に……」


 クララちゃんが俺の胸にもたれかかりながら上目遣いで呟く。最後まで言わずともわかっている。これは料金の請求だ。


 常連なら事後でもいいらしいけれど、顔を覚えられていないうちは先にお金を支払うのが普通らしい。タチの悪い客が支払いを渋るケースもあるとかで、この業界では暗黙の了解なんだそうだ。


 本当は向こうから言われる前に、こっちからお金を渡すくらいがいきなんだとバジから聞いていたけれど、正直こっちも舞い上がったり緊張したりですっかり忘れていた。


 俺はクララちゃんに頷いてみせると、バジたちに聞いた相場よりちょっと多めの金を彼女に手渡す。クララちゃんへのチップも含んだ額だ。


「あっ……。ありがとうございます……」


 クララちゃんはそれを見てはにかむように笑った。あからさまにサービスの向上を期待して多めに払ったワケだが、その笑顔を見ただけでもその価値はあったと思うよ、うん。


 お金を棚に備え付けられた木箱の中に大事にしまったクララちゃんは、再び俺に近づくと、少しぎこちない様子で俺の上着を脱がしていった。そして上半身裸になった俺の身体を、ほかほかと湯気の上がっている濡れタオルでやさしく拭っていく。


 拭ってもらっている間、クララちゃんの首筋からだろうか、バニラのような甘い香水の匂いが漂ってきた。彼女が身体を清めることはない。彼女は部屋にくる前から準備は万全なのだ。


 俺の顔、首元、胸、脇、背中、腹、そこまでしっかり拭い終わると、クララちゃんは一旦タオルを桶の中に入れて軽くゆすぎ、きゅっときつく絞った。


 タオルを一度テーブルの上に置いたクララちゃんは、俺に背中を向けたまま下着をそろそろと脱ぎはじめた。この世界にもブラはある。


 彼女はブラを外して丁寧に畳み、棚の中に入れると、次はそっと細い脚を上げてレースのついた真っ白なドロワーズを脱いでいった。


 一糸まとわぬ姿になったクララちゃんの後ろ姿をじっと見つめる。少し肋骨が浮かんで見える痩せた背中、それでもなおくびれている腰から、なだらかな曲線を描いた先には小ぶりな尻があった。


 クララちゃんはタオルを手に取ってくるりとこちらを向くと、恥ずかしそうに目線を逸しながら俺の方へと歩いてきた。これから俺の下着を脱がし、下半身を清めてくれるのだろう。


 ランプの薄明かりが照らす中、俺はバカのように突っ立ったまま、俯きがちなクララちゃんの裸体を目に焼き付ける。


 俺の想像どおりのやや膨らんだ控えめの胸、胸から下腹部のラインはほっそりとしており、腰は折れてしまいそうなほど細い。


 そして上半身と同じように華奢な下半身には、それに似合わないほど立派な――クララのクララがっていた。


 ――ん?

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