228話 秘密兵器
俺がストレージから取り出したのはソードフロッグの死骸。もちろんただの死骸ではなく、昼食後にちょいと細工を施した物だ。そいつをひょいっと川へ投げ込んだ。
小さな水しぶきを上げて川に浮かんだソードフロッグを見て、レッサーガビアルが水面を滑るように静かに近づいていく。
そしてその鼻先がソードフロッグに触れる直前、一気に大口を開けてかぶりつくと、バシャバシャと激しい水音を鳴らしながら
一口二口と噛み締めていくにつれ、ソードフロッグの姿がどんどん原形を留めなくなっていく。
「おお……。小舟を食べたときもあんな感じだった。食欲旺盛」
ララルナが絨毯から身を乗り出すようにして食事風景を眺め、ヤクモの方は『ひいっ、恐ろしいのじゃ! ワシを落とすなよ! 絶対に落とすなよ!』と、何かのフリみたいなことを言っている。
「ほら、危ないから引っ込んでな」
俺はララルナの首根っこを掴んで後ろに下げると、そのまま食事中のレッサーガビアルの観察を続ける。
やがてレッサーガビアルは喉の奥を膨らませてソードフロッグを飲み込むと、満足げに長い舌でべろりと口の周りを拭った。……うーん、作戦失敗か?
俺がガックリと肩を落とす中、レッサーガビアルは再び俺たちの近くに寄って――
「グ……グルォン!」
突然唸り声を上げたかと思うと、前脚としっぽで水面を強く叩きつけた。水しぶきが辺り一面に飛び散り、俺たちの絨毯にまで降りかかる。
その後もレッサーガビアルは水面でもがくように激しく身体を動かし続け――
やがてその動きが少しずつ緩慢になり、くるりと裏返って白い腹を見せると、浮かんだままピクリとも動かなくなった。
よしっ、毒殺作戦大成功だ。
昨日狩ったバジリスクのうち、追加でルーニーに売りつけようとしていた外傷が少ない一体の毒袋を切除して、中の毒液をソードフロッグに仕込んでやったのだ。
それにしてもうまくいったもんだね。【解体】と【薬師】スキルのお陰だろうけど。
「一人でレッサーガビアルに勝った。これでイズミも一人前の戦士。しかも余裕の勝利、すごい」
どこか尊敬した眼差しで俺を見つめるララルナ。毒殺で一人前ってのはなんか違うと思うんだが……まあいいか。
俺は絨毯をレッサーガビアルの死骸に近づかせてストレージに収納。毒が回っている個体だと冒険者ギルドに売るのもなんだか面倒くさそうなので、さっさとツクモガミに売却だ。
《レッサーガビアル 1匹 販売価格→18000G》
おおっ、結構高いな! いちおう毒入りカエルはあと二つ作っている。あと二匹までならドンとこいだ。
そうして俺はレッサーガビアルを待ち構えながら空飛ぶ絨毯で川を横断していった。
だが残念なことに二匹目のレッサーガビアルと遭遇することなく、対岸へとたどり着いたのだった。
◇◇◇
対岸に到着したとはいえ、村の位置がわからない。ララルナもだいぶ下流まで流されたようで、この辺りは見知らぬ場所らしい。
そこでとにかく見覚えのある場所に行こうと川岸を上流に向かって歩いていると、【空間感知】で人の気配を感じた。どうやら湿地帯からの反応のようだ。
もともと川岸に向かっていたらしく、すぐに湿地帯の方から耳の長い中性的な美形が歩いてきているのが見えた。
ほっそりとしている長身で、ララルナと同じ薄緑色の服装だがスカートではなくズボンを穿いている。おそらく男だろう。
「おーい!」
俺が手を振って呼びかけると、男が俺――ではなく、隣のララルナを見て目を見開く。
そして慌てた様子で懐から何かを取り出して口に付けると、ピュイッピュイッと鳥の鳴き声のような音が聞こえてきた。たぶん鳥笛ってやつだ。
「えっ、あっ? ちょっ!?」
ファーストコンタクトをミスったか? そうして俺があわあわと手をこまねいている間に、男のそばに数人の男が駆け寄ってきた。
彼らは険しい表情で短く言葉を交わし一度うなずき合うと、こちらに向かってぞろぞろと歩いてくる。
「お、おい、知ってるやつか?」
ララルナに小声で尋ねる。
「ん、村の男たち」
どうやら知り合いらしい。ララルナの捜索隊だろうか。
それならいきなり荒事になったりもしないだろう。俺は少しだけ肩の力を抜いて、こちらに歩いてくる連中の様子を眺める。
揃いも揃ってイケメンの七人組。やはりエルフは全員美形のようだが、全員がやせていてどこか弱々しい。ララルナはエルフも肉を食べるという話をしていたけれど、あんまりララルナ基準で考えないほうがいい気がしてきた。
イケメンズは俺たちの近くで立ち止まると、その中央にいる男が両手を広げ、にこやかに笑いかけてきた。視線はララルナのまま、俺には
「姫様! お探ししておりましたぞ! ご無事で何よりです!」
「ん」
こくりと頷くララルナ。そういや族長の娘なら姫ってことになるのか。男はにこやかな顔を崩さないまま、ララルナに尋ねる。
「いろいろとお話ししたいところではありますが……まずは姫様、こちらの者は一体何者なのでございましょうか?」
「イズミ。助けてもらった」
「……ほう、ほうほう、なるほど、そうなのですか! それではぜひともお礼をせねばなりませんね。我らが村で歓迎いたしましょう!」
ここで初めて男が俺に顔を向け、にこやかな笑みを浮かべた。お? なんだか大丈夫っぽい? 歓迎されているようでなによりだよ。
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