227話 レッサーガビアル

 昼食は全員カップラーメンに決めた。そして絨毯でララルナがすやすやと寝ている間に熱湯三分。麺とスープを深皿に移し替えてからララルナを起こした。


 まあララルナがカップ容器を見たところで面倒な質問攻めなんかはないと思ったけれど、どうせ狐姿のヤクモがカップのままだと食いにくいからな。そのついでだ。


 ちなみに俺がララルナ用に選んだラーメンもシーフード味。少食のはずが汁まで全部飲んでいたので結構気に入ってくれたのかもしれない。ヤクモはいつものようにアツイとウマイしか言わなかったよ。



 昼食後は食休みついでに川を渡るためのちょっとした準備を行い、それが終わるとすぐに移動を始めることにした。


「よし、それじゃあ川を渡るからな。立ったりしないでじっとしとけよ?」


「ん」

『うむっ!』


 いつもよりやや真剣な顔でララルナが首を縦に振り、狐マフラーは俺の首元をぎゅううっと締めつける。


「うげっ、締めすぎだアホ」


 俺は首とマフラーの間に手を突っ込んで少し緩めさせると、ヤクモの抗議を無視しながら空飛ぶ絨毯を三メートルほどの高さまで浮上させ、川に向かって前進を開始した。



 ◇◇◇



 フロートの速度は人の駆け足程度。あまり速さは期待できない。


 一度発進した後は魔物に見つからないように祈りつつ、ひたすら川を横断するわけだが――残念ながら俺の【空間感知】が水中から忍び寄る何かを捉えた。


 それからすぐ、濁った川の色に紛れるような緑褐色の肌をした胴体と、それに見合わない細くて長い口を持つ魔物が静かに現れた。


 やっぱりワニだ、ワニの魔物だ。大半は水の中なので全長はわからないけれど、水面から見えている口や胴体部分だけでも俺の知っているワニより二回りほどデカいというかゴツい。


 案の定、ヤクモから震える声で念話が届く。


『ひええっレッサーガビアルじゃっ! の、のうイズミ。もっと高く浮いたほうがよいのではないか? 今すぐにも飛びかかってきそうでめちゃ怖いんじゃが! うひいっ、口を開けたのじゃ! でかいのじゃ! こわー!』


 レッサーガビアルは水面から俺たちを見上げながら、細長い口をがばりと開けた。口の中にずらりと並んだ牙はどれもが鋭く、俺たちなんかあっという間に細切れにしてしまいそうだ。


 しかし獲物には届かないとわかったのだろう、レッサーガビアルは乱暴に自らの口を閉めると、水面から顔だけ浮かべて俺たちから付かず離れずの距離で追従し始めた。


 俺たちを睨みつけるその黄土色の瞳からはエサにありつけない怒りが感じられ、ヤクモの言うとおりめちゃ怖いんだが……。


 だからって、あんまり絨毯の高さを上げるのもなあ……空にもイヤなのがいるし。


 俺は上空を見上げると、そこではキーンフェザーがゆっくりと旋回している姿が目に映った。アレってどう考えても俺たちを意識しているよなあ。水上に浮かぶ絨毯はさぞかし目立つだろうし。


 上の鳥と下のワニ。そのどちらが厄介かといえば……鳥の方だと思う。鳥はとにかく突っ込んでくるスピードがすごかったからな。俺だけならまだしも、ララルナが狙われると安全は保証できない。


 そういうことでビビるヤクモをなだめながらも、俺は現状維持を努めつつ絨毯で川を渡ることにした。


 なんだかなんだでレッサーガビアルは俺たちに攻撃を仕掛けてこない。やはり攻撃範囲外というのが大きいらしい。やみくもに攻撃を仕掛ける魔物ではないようだ。


 なのでこのまま無視すれば対岸にたどり着けると思うんだが、しっぽを突き出して苛立つようにビタンビタンと水面を叩くレッサーガビアルはまるで仲間を呼んでいるようにも見えて――昨日の大惨事が頭をよぎるんだよなあ……。


 俺は昼食時にララルナから聞いたレッサーガビアルの話を思い出す。


 ララルナの村ではレッサーガビアルを一人で仕留めることが一人前の戦士の証だと言われているそうだ。つまり倒せないほどの強さではないと思われる。


 ……そういうことなら、やっぱり倒しておいたほうがいいだろう。かと言って水上バトルは危ないよな。あまり大騒ぎをするとお仲間も近づいてくるに違いない。


 ここは食事中に考えていた作戦を試してみることにしよう。


 俺はストレージの中から、作ったばかりの新兵器を取り出したのだった。

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