226話 移動方法

 とにかく川を渡って向こう岸まで行かないとな。俺は川を眺めつつ、顎に手をあてながらしばし考え込む。


 ただ川を渡るだけなら、このままフロートで渡れると思うんだよな……。しかし流れは緩やかではあるものの、淀んで底が見通せないようなこの川をホイホイと渡って良いものだろうか。


 ララルナからは釣りの最中に船が転覆したとは聞いているし、釣りをするくらいならそれほど危険はないとは思うんだが……。


 俺はちらりとキャリーワゴンに乗ったままのララルナに目を向ける。


 するとララルナも俺を見ていたらしく、視線が合うとにぱっと無邪気に笑った。ていうかララルナが自分の顎に手をあててんだけど、これって俺のマネか?


 この中身が子供な上に、どこか掴みどころのないララルナの言ったことだからなあ……。なんだか不安になってきた。川の話をもう少し詳しく聞いてみることにするか。


「なあ、ララルナ。お前、釣りをしてる最中に船が転覆したんだよな?」


「そう」


「見たところ緩やかな流れの川みたいだけどさ、なんで船が転覆したんだ?」


「釣ってる最中にレッサーガビアルが襲ってきた」


「えっ、なにそれ魔物?」


「魔物」


 コクリと頷くララルナ。やっぱり川にも魔物がいるのかよ。


 ガビアル……聞いたことあるな。ワニの一種だったっけ? 翻訳どおりならワニ系の魔物ってことになるのかね。


「それでレッサーガビアルが小舟を食べてる間に泳いで逃げた。……そこから記憶ない」


 えぇ……小舟を食うってなにその食欲、怖すぎるだろ……。とにかくそのお陰でララルナはなんとか助かったわけだ。かなりの強運だよなあ。普通死ぬよね。


「そんなヤバい魔物がいるのに、よく釣りをしようだなんて思ったもんだなあ」


「いつもは護衛の人がレークルの葉を撒いてくれてた。それを船の周りに撒くと、レッサーガビアルは近づかない」


 さすが族長の娘。お出かけには護衛がついてまわるのか。レークルの葉が何なのかはわからんが、とにかくそれがあれば釣りができるわけだ。


「それなのに、なんで昨日はレッサーガビアルに襲われたんだ?」


「昨日は護衛、用事でいなかった。でもお腹がすいたから、こっそりお出かけして一人で釣りした。レークルの葉は撒いてたけど、すごく大漁。夢中で釣ってたら、いつの間にか船の周りの葉が全部流れてて……」


 さすがに反省しているのか、ぺちゃんと長い耳を垂らすララルナ。


 いろいろと言いたいことがあるが、まあ俺からは言うまい。村に戻ってから親に存分に叱られるといい。それはともかく、川に魔物がいることはわかった。


 俺は空を見上げる。空には小型飛行機くらいの大きさの魔物が飛んでいるのが見えた。ヤクモいわく、アレはキーンフェザーという鳥の魔物らしい。


 前に一度、あの魔物がとんでもないスピードで急降下してきたと思ったら、湿地帯の木のてっぺんにいた小動物をその長いくちばしでかっさらってV字で急浮上していくのを見たことがある。


 正直アレにはめちゃビビった。あまり高度を上げるのは得策じゃない。


 かと言って高度を下げると川にも魔物。それに片手でキャリーワゴンを持っているのも不利だしなあ。うーん……。


『のう、イズミ。思案するのもええがの、もう昼じゃ。どうせなら昼食にせんか?』


 頭をひねって考え込んでいると、ヤクモから念話が届いた。


『ん……。ああ、そうだな。今は魔物も少なくて安全だし、先に腹ごしらえしとくか』


『うむっ、腹が減っては仕事ができんからな! 腹を満たせばいい考えも思いつくものじゃよ! ほんで今日は何を食べるのじゃ?』


 腹が減っては戦はできぬみたいに言いやがって……。しかしどうせなら腹ごしらえしながら考えたほうがいいよな。


 俺は辺りを見渡して、食事によさそうな場所を探す。腰をかけるのに良さそうな岩場があればいいんだが、辺りには見当たらない。


 まあ椅子とテーブルはストレージに常備しているし、なければないで特に問題ないんだけどね。


 魔物もいないしロケーション的には、川辺にレジャーシートなんかを敷いて座ってランチなんてのも楽しそうだが、ほんわかとメシを食ってる場合でもないんだよな。昼食は簡単な物を用意するか――


 ん? レジャーシート? って、そうだよ、アレを使えば……!


 ピコンとひらめいた俺は、さっそくツクモガミでレジャーシートではなくカーペットを検索した。


 その中で、大きさは畳三畳ほど無地ではなくちょいとオシャレな柄物をチョイスしてポチッと購入。8800Gだ。


 そしてそのカーペット、いや、ここはあえて絨毯と呼ぼう――絨毯を取り出すと、俺はフロートを唱えてその上に乗った。


 俺の魔力を纏った絨毯は地面に落ちることなく、均一にぴたりと地面から三センチほどの高さに浮く。


「ララルナ、ここに乗ってくれるか?」


「ん」


 ララルナはキャリーワゴンから降り、そのまま絨毯の上に乗り込む。体重で絨毯がむにゅっと沈み込むが、すぐに押し戻されて元通りになった。


「おお……。ふかふか、気持ちいい……」


 浮いてることより絨毯の質が気に入ったらしい。ララルナは横になるとべったりと頬を付けて寝そべった。


「おい、そのまま寝るなよ……? まあとにかくだ、これなら両手が空くし、何かあったときに対応できるよな」


 まさに空飛ぶ絨毯だ。そういえば、こういうのに乗って旅をするRPGもあったよな。


 ゲームで見たときにはロマンしか感じてなかったものだが、今になって考えるとなかなか合理的な移動手段のような気がしてきた。


 俺はララルナを乗せたままフロートで絨毯を動かす。フロート自体は速度はあまり出ないが、やはり両手が空いているアドバンテージは計り知れないと感じる。


『おお、これなら魔物から襲撃があってもなんとかなりそうじゃの! やるではないかイズミ!』


 ヤクモが首元からぴょんと飛び降りて、ぺしぺしと絨毯の踏み心地を確かめながら念話を飛ばす。


『ふふん、そうだろ? それじゃせっかくだからこのままメシにするか』


『うむっ、それで何を食べるのじゃ? ……実はのー、ワシ、今はカップラーメンの青いやつの気分なんじゃが……ダメか?』


 川をちらちら眺めながら、シーフード味を希望するヤクモ。水辺にいるとそういう気分になるのかね?


 しかしまあ、それなら手間もかからないし問題ない。俺はストレージからカップラーメンの買い置きを探しつつ、絨毯の上に腰を下ろした。

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