225話 送迎開始
翌朝は食事を軽くリンゴだけで済ませ、早めに湿地帯へと向かうことにした。
朝食がリンゴのケースはわりとあるのだが、相変わらずヤクモはうまいうまいと二個を平らげ、初見のララルナも「甘くておいしい」と顔をほころばせながら食べていた。
エルフは森の中に住んでいるそうだし、いろんな果実を食べているイメージがある。「明日もう一度ここに来てください。本物のリンゴをお見せしますよ」くらい言われるんじゃないかと思ったけれど、全然そんなことはなかった。
朝食の後は湿地帯へと向かって歩く。途中で昨日、俺がイーグルショットをぶっ放して地面が抉れた辺りに差しかかると、口をポカンと開けたままララルナが呟く。
「イズミ。なんかここだけ、地面の形が変」
「んー。ああ、そうだなー」
適当にしらばっくれながら抉れた溝沿いをゆっくり歩く。辺りに出品できそうな魔物の死骸でも転がっていないかと思ったんだが、見事なくらいになにもない。
周辺の動物か魔物に食われたか、それともイーグルショットがすべてを吹き飛ばしたのか。なんにせよ、少し損した気分。
結局魔物の死骸はひとつも拾えないまま、湿地帯の手前まで到着した。
ここからはフロートでの移動となる。魔物と遭遇することを考えると、昨日と同じようにララルナを乗せたキャリーワゴンを引っ張りながら移動するのがいいだろう。
俺はストレージからキャリーワゴンを取り出して、ララルナの前に押し出す。
「ララルナ、またコイツに乗ってくれるか?」
「乗り物、どろどろになるよ? いいの?」
お気に入りのキャリーワゴンが泥だらけになるのを気にしているらしい。そういえば昨日ここを通過するときはぐっすり寝ていたから、フロートを知らないのか。
「そもそも昨日はお前をこれに乗せたまま、湿地帯を移動したんだよ。いいからホレ、乗ってくれ」
「ん」
もう一度言うとララルナは素直に中へと乗り込んだ。そしてヤクモが俺の首にからみつく。
「フロート」
俺が魔法を唱えると、俺たち全体が数センチだけふわりと浮かんだ。
「おー……」
地面を覗き込みながらララルナが驚きの声を漏らした。
「イズミ、すごい。私、浮かぶ魔法って初めて見たよ」
「え? エルフって魔法がたくさん使えるイメージあるんだけど、フロートが使える人っていないのか?」
「そもそも、魔法が使える人、少ない」
ララルナがゆっくりと首を横に振りながら答える。マジかよ、少し残念だ。
俺がララルナを送り届けた際、万が一歓迎なんかされちゃったらいろんな魔法を習得できるかも――なんて密かに考えていたんだけどな。やっぱりさっさと帰るに限る。
「でも……私は、アイスアローとウィンドカッター、使える。ソードフロッグ見つけたら、任して」
薄い胸を張りながら、得意げにララルナが言った。そういうことなら任せてみようかねえ。他人が魔法を使うところも見てみたいし。
そうして俺たちは湿地帯に足を踏み入れた。
今回は時間が迫ってるということもないので、魔物を見逃すようなことはせずに、慎重に進んでいく。……しかし、まったく魔物の気配がない。
『昨日のアレで、だいぶ周辺の魔物を間引いたみたいだのう』
ヤクモがきょろきょろと首を動かしながら念話を飛ばす。
『やっぱそうなのか。少しもったいないことしたかなー』
『その代わりMPはたくさん増えたはずじゃし、まあええんじゃないか? それにシグナ集落で漁業を営む住民も危険が減って大助かりじゃろうて』
お人好しの神マフラーが満足そうに頷く。
まぁたしかにソードフロッグ程度でも、戦うすべがないと大変な魔物だ。せめて住民の役に立てたのなら、損した気分も少しは収まるってもんだな。そういうことにしておこう。
それから俺たちは魔物を一匹も見つけることがないまま、川岸へとたどり着いた。
魔物が全滅したってわけではないだろうが、あのトレインで相当な数が引きつけられていたようだ。残りの連中は異変を察知して息を潜めているのかもしれない。
いいところを見せようと張り切っていたララルナは、少しだけがっかりしているけどな。
俺はララルナの村があるらしい対岸を眺めた。川幅はかなりの距離があり、向こう岸は薄っすらと見える程度。その対岸にも湿地帯があり、その奥に広がる森にララルナの部族の村があるはずだ。
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