229話 エルフの言葉

 俺を見つめながらエルフ男はにこやかな表情を浮かべている。だがそんなエルフ男は突然眉根を寄せたかと思うと、虚空をにらみながら俺に語りかけた。


「ん……ん~……。オマエ、ムラ、コイ、カンゲイ、スー」


 は? なんでいきなり片言?


「ええっと……どうしたんすか?」


 俺が問いかけると、周囲の男たちがざわっとどよめく。


「きっ、貴様ッ! ……い、いや、あなたは我々の言葉が……わかるのですか……?」


「はあ……わかりますけど……」


 再びざわざわざわとどよめきが起こり、連中の顔には驚愕の表情が浮かんでいる。ええ……一体なんなんだよコレ。とりあえずヤクモに聞いてみるか。


『おいヤクモ。これってどういうことなんだ?』


『お前をこっちの世界によこしたときに言葉を通じるようにしてやったじゃろ? あれは人族だけではないということじゃ』


『あー、そういえば転移してきたときも言葉が違うのに、理解できるわしゃべれるわでビックリしたもんだけど……。っていうかエルフって人族と言葉が違うのかよ』


『うむ、違うぞい。とはいえ……ワシも言葉が話せる程度でここまで驚くとは思わなんだ。ワシが思っていた以上に種族間の断絶が続いとるのかもしれんのう……』


 狐マフラーがぐんにゃりと萎れ、どこか憂うような物悲しさを俺に伝える。


『でもそれっておかしくないか? ララルナは気にせず話してたじゃん』


『他の種族と会ったことがなければ、言葉が通じることに違和感を覚えなくてもおかしくなかろ?』


 言われてみればそれもそうか。箱入り娘で姫だしな。そんな姫はきょとんとした顔でエルフ男に尋ねる。


「グルタタ? イズミ、言葉がわかると、おかしい……の?」


「ええ、当然です! 野蛮な人族が我らの言葉を理解できるなぞ、そんな怪しいヤツは……いやっ、ゲフンゲフン! あぁあー! なかなか博識な方のようですな、素晴らしい! これはますますカンゲイせねばなりません! さあさあ、村に行きましょう! さあっ!」


 男――グルタタが急かすように俺に近づく。というか、今ちょっぴり本音が漏れてたような気がするんだけど。本当にコイツらに付いていっても大丈夫なのかね。


 にこやかに笑っているグルタタも笑顔を無理やり貼り付けているように見えてきたし、周囲の男たちはあからさまに顔をこわばらせているんだよなあ。


 ……これはもうアレだ、ヤバい案件だ。間違いない。……よし、帰ろう。


「いやー、せっかくなんですけど俺、歓迎とか別にいらないんで。ここで帰らせてもらいますね、へへっ」


 なるべく下手したてに出ながら後ずさりをすると、それに合わせてグルタタがずずっと前に進む。


「なにをおっしゃいます! 姫様を助けた恩人をこのまま返すわけにはいきません、ささっ! どうかどうか!」


 そう言いながらグルタタがチラッと目配せをすると、周囲の男が一斉に俺の周辺を取り囲んだ。なんだか俺を絶対に返さないぞという意志を感じるんだが?


「おっ、おい、ララルナ。俺もう帰りたいんだけどさ、なんとかしてくれないか?」


 そんな俺の言葉にララルナはこてんと首を傾げる。


「どうして? みんな歓迎してくれる。私もお礼したい」


「貴様ァ! 姫様を呼び捨てにするとは生きて帰れモゴモゴモゴッ!」


 俺を取り囲む男の一人が声を荒げ、別の一人に口を押さえられている。これもう完全に俺を捕まえるつもりのヤツじゃん。


 ここは無理やり逃げるか? みんな痩せてて弱々しいし、強引に突破して川岸を走って逃げるだけで追いつけない気がするんだよな。


 ララルナは村の連中に引き渡したし、俺からすればもうミッションコンプリートだよな? 問題ないはずだ。


 よし、そうと決まれば逃げるぞ――と思った直後、こちらに近づく人物を感知した。見ると湿地帯の方からエルフが駆けてきている。


 エルフは俺たちに向かって大声で叫ぶ。


「グルタタ様ー! 畑をリザードマンが荒らしております! 急いでお戻りくださいっ!」


 それを聞いてグルタタが忌々しげに口を歪めながら俺を指差す。


「くそっ、こんな時に! ……おい貴様、逃げるなよ! 後でじっくりとカンゲイしてやるからなっ! モブググ、お前はコヤツを村へと案内せよ! 残りの者は皆、畑へ急ぐぞ! 姫様! 姫様もご助力願えますか!?」


「ん! イズミ、また後で」


 グルタタの指示にララルナが頷くと、そのまま大勢を引き連れて一目散に森の方へと走っていった。ぽつんと一人残されたエルフが咳払いをする。


「ウオッホン! それではカンゲイするので村へと向かいましょう! なあにリザードマンはすぐに追い払うゆえ心配無用!」


「えーと、リザードマンって?」


「人族には関係ない! とにかく村へと向かうぞ!」


 モブググとやらは手に持った槍をこちらに向けながら俺の肩を掴むと、森の方を顎でしゃくる。今ならまだ余裕で逃げられるわけだが――


『の、のう、イズミ。リザードマンというのは魔物であるが、その中でも少々知恵が回る種族じゃ。人族ではなくても神を信仰し神の加護を授かるエルフ族の村が襲われているというのは、ワシ的にはちと気がかりなのじゃが……』


 神マフラーが俺に念話を届けながら、しっぽを背中にぺたんと添えた。うーん、ずるずると厄介事に巻き込まれてるような気がせんでもないんだが……。


 俺もせっかく助けたララルナが気にかかる。それにヤクモから聞いていたよりエルフが脳筋な気がするので、絡め手でなんとかされるような気もしない。


『……しゃーない。ちょっと村までカンゲイされに行くか。でも手に負えないようならすぐ帰るからな?』


『おおっ、もちろんじゃそれでいいぞい! よし、お前が協力してくれるのならワシ、今度無償でツクモガミのバージョンアップをしてやろう! なあに遠慮することはないぞ!』


 バージョンアップはカップ麺をいくつか貢ぐ程度の支出だし、そもそももうお願いすることないんじゃないかってくらいなんだけどな。……まあいいか、ヤクモに貸しを作っておくのは悪くない。


 俺は狐マフラーの肩をポンと叩くと、モブエルフの案内に従い、村に向かって歩いていった。

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