230話 エルフの村へ

 モブググという名前のエルフに槍でチラチラと脅されながら、俺は湿地帯を歩く。


 川向こうのシグナ湿地帯には、俺がやらかす前はそこそこの数のソードフロッグや稀にバジリスクがいたわけだが、こちら側にはそれらの姿をまったく見かけない。そして一匹も遭遇することなく森へと入った。


「あのー……ソードフロッグやバジリスクって、この辺には棲息していないんすか?」


 ここまでモブググと会話をすることなく歩いてきたが、これはさすがに気になる。ダメ元で聞いてみたところ、意外なことに返答があった。


「フン、川向こうにはそれらの魔物が棲み着いてるらしいな。愚かで軟弱な人族なら仕方のないことだろうが、この辺りではたまに流れ着くソードフロッグはともかく、バジリスクなんて滅多に見ないぞ。我らの偉大な先祖が根絶やしにしたと聞いている」


 あら、もう人族嫌いは隠してないけど、話せば普通に答えてくれるんだな、モブググさん。せっかくなので、俺は他にも聞いてみることにした。


 意外と話せるモブググが言うには、これから向かう村は通称リギラ族村。ララルナの父親リギトトが族長として治めている村らしい。


 そしてリギトトの娘ララルナは今年で21歳。やはりエルフ的にはまだまだ子供の年頃なんだそうだ。


 族長の家系に女子が生まれたのは初めてのことらしく、村人総出でかわいがっていたそうなのだが、昨日は少し目を離した隙にいなくなり、村中が大混乱に陥ったそうだ。


 そんなララルナを俺が助けてわざわざ送り届けたわけなんだけど、俺を見るモブググの目は完全に誘拐犯を見るソレだ。


 姫様を捕まえたものの姫様の機転にころりと騙されてまんまと連れてこられた人族――くらいに思っていそうなんだよな。


 俺がどれだけララルナを助けたことをアピールしても、鼻で笑われる始末。俺……というか人族の言うことは一切信じないという強い意志を感じる。


 まあ今はとにかく村の様子を見にいくだけだ。最後まで誤解が解けなかった時は、ヤクモの気が済んだらスタコラサッサと逃げることにしよう。


 ちなみにリギラ族以外の部族についても聞いてみたのだが、これについては何も教えてはもらえなかった。


 他種族は心底嫌っているようだが、同族の他部族にはかなりの仲間意識があるっぽい。モブググの口ぶりからはそのように感じられた。


 それにしてもこのモブさんはなんだかんだで話しやすくて助かる。特に自分のことはすらすらと教えてくれる。


 モブさんの年齢は82歳、もちろんそうは見えず若々しい。独身で好きな食べ物はフナッチャ。


 村の武術大会で五位入賞を果たしたこともあるそうだ。これは百歳以下の若手の中では快挙とのことで、自慢げに語ってくれた。【槍術】スキルも持っていたので、話の最中に習得しておいたよ。



 そんな風に話をしながらしばらく歩いていると、リギラ族村が見えてきた。


 これまでの村や集落と同じように入り口には門番がいて、周囲は魔物避けの柵で囲われている。一風変わったところがあるといえば、周辺の木々に紛れるように建てられているいくつかの見張り台だ。


 それぞれの見張り台にはエルフが立ち、俺を狙うように弓を構えているのでなんとも居心地が悪い。


 モブググが見張り台に向かって軽く手を振り弓を降ろさせると、門番の男に小声で一言二言伝え、俺たちは門へと歩いた。そこでこれまで黙っていたヤクモから念話が届く。


『のう、あやつは何と言っておった? 【聴覚強化】で聞こえたのじゃろ?』


『ああ、「姫様をかどわかした人族を連行してきた。これから牢屋に送る」だってさ』


『ひょえっ、ワシから頼んでおいてなんじゃが、大丈夫なんじゃろうか……』


『んー。なんとかなるんじゃないか?』


『イズミお前……妙に肝が据わっておるのう』


『監禁されるのは二度目になるしなあ』


 異世界に転移していきなり野盗に捕まり座敷牢に監禁された時のことを思えば、この状況はまだマシのような気がしていた。


 あの時も異世界に送り込まれた混乱で思ったよりは恐怖を感じなかったものだが、今の俺には頼りになるスキルもあるし、心にも余裕ができるってものだろうよ。


 興味はあったが接触を諦めていたエルフの村だ。せめて少しでも元を取るためにも、じっくりと見学させてもらおう。


 そうして俺たちは門を通り抜け、エルフの村の中へと足を踏み入れたのだった。

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