231話 リギラ族村

 俺はリギラ族村に足を踏み入れた。森の中だというのに柵の内側は開拓が進んでいるようで、ある程度の木々や緑を残しつつも広々と整地された土地が広がっている。


 その中にはいくつもの住居が立ち並んでおり、そのどれもが木造で石造りの物はひとつもなかった。こういうところもラノベで読んだことのあるエルフっぽいね。


 住民のエルフの姿もちらほらと見かけるけれど、誰もが遠巻きに俺たちを眺めているだけで近づいてはこない。どうやら誰かが先に、俺が連行されることを村に知らせて回ったらしい。


 ひそひそと「あれが人族……」「本当に耳が丸いわね」「ねえ、顔の造形がなんだか変じゃない?」などという声が聞こえる。最後の言葉だけは俺の心にぐさりと刺さったよ。


 いやまあ見たところ、この村のエルフはイケメンと美女ばかりだし、仕方のないことではあるんですけどね? この村の顔面偏差値はたったいま俺の影響で爆下がり中である。


「おいっ、あまりキョロキョロしないで俺に付いてこい。こっちだ!」


 名前はモブなのにやはりイケメンなモブググが声を上げながら道の方に槍を向けた。


「ええっ? 俺……歓迎されてるんすよね? それなら村の様子くらい見させてもらってもいいんじゃ……」


 そんなことをしれっと言ってみたところ、モブググが今頃それを思い出したかのように慌てた様子で答える。


「あっ、えっ、そ、そうだ、そうだとも! もちろんカンゲイしている! もっとキョロキョロしろ!」


「それじゃお言葉に甘えてキョロキョロさせてもらうとして……ねえモブさん、その辺にある屋台だけどさ、どうしてどれも営業してないの?」


 道沿いを歩いていくといくつか屋台を見かけたのだが、どれも店員らしい人は立っていない。俺が来たから避難したというよりも、しばらく使っていないようにしっかりと後片付けがされているのだ。


「今は屋台どころではないのだ。あとモブさんと言うのは止めろ、俺はモブググだ!」


 屋台どころではない……か。リザードマンがどうのって件が関係しているのかね。


「残念だなあ。フナッチャを食べてみたかったよ」


「ハッ、何を言っている。フナッチャが屋台なんかで売ってるわけないだろう。屋台で売ってるのはせいぜいリビリ焼きとシュルットラくらいだ」


「……相変わらずどんな食べ物なのかさっぱりわからないなあ、エルフ料理」


 そんな俺の呟きを聞き、モブググがいぶかしそうに片眉を上げた。


「なんだ、人族はフナッチャやリビリを食べないのか。もしかして……人族が土や石を食べて生活しているという噂は本当なのか?」


「いやいや、そんなわけないでしょ」


 俺が手を左右に振ると、さすがにモブググもホッとした表情で軽く息を吐いた。


「そ、そうか。さすがにそれはないだろうと俺も思ってはいたのだが……それでは人族は何を食べて生きているのだ?」


「何って……普通に肉や魚、野菜なんかを料理して食ったりしてるよ。ああ、そういえば昨日の夜、あんたのところの姫様に食べさせた料理、一個余ってるけど食べてみる?」


 ハンバーグの分だけハンバーガーを作ったのだが、ひとつだけ余らせてしまい、ストレージにしまっておいたのだ。


「むっ、姫様がお食べになった料理か……。ふむ……仮に不味い料理を差し出したとなると、これも族長に伝えねばならんしな。よし、食ってやるから出してみろ」


「ほい、どうぞ」


 俺はダミーの鞄の中からストレージ内のハンバーガーを取り出した。昨日はその場で食べるつもりで置きっぱなしだったせいですっかり冷めているが、味に問題はないだろう。


「ふむ、パンに肉と野菜が挟まっているのか。これを姫様が……。よし、食うぞ……!」


 モブググは受け取ったハンバーガーをじろじろと見つめた後、緊張した面持ちで大口を開けると一気にほおばった。


「むっ……!」


 その瞬間、歩きながら食べていたモブググの足がピタリと止まった。そして足を止めたまま目を見開いて、口だけをモグモグと動かす。


 モブググはあっという間にハンバーガーをひとつ平らげると、口に付いたデミグラスソースを親指で拭い、その指もぺろりと舐めた。その口元はどこか満足げにほころんでいるように見える。


「モブさん、味はどうだった?」


 中空を眺めたまま動かないモブググに尋ねる。するとモブググはビクンと体を揺らして再起動したかと思うと、焦ったようにツカツカと歩きながら早口気味に答えた。


「う、うむ。そ、そうだな。人族にしては、まあまあいいんじゃないか? うむ。これくらいの料理はエルフ族にだってあるんだけどな。本当だぞ? あと俺はモブググだ」


「そっか。フナッチャとどっちが美味い?」


「そりゃあ今の――い、いや、フナッチャだ! 偉大なるエルフの料理、フナッチャに決まっているだろう! そんなことよりほら、見えてきたぞ! あそこだ!」


 慌てた様子でモブググが指差した先には、この村で初めて見た石造りの小屋があった。


 大きさは百人乗っても大丈夫な物置くらいだろうか、それなりに大きい。……まあ、これが牢屋なんだろうなあ。


 モブググが懐から鍵を取り出し解錠すると、石でできた扉を横にスライドさせて俺を中へとうながす。外見と同じく殺風景で飾り気のないがらんとした部屋だ。


「カンゲイには時間がかかる。それまでここに入って待っていろ」


「はーい」


 さすがにそれは無理があるだろうと思いながらも、俺は素直に足を踏み入れる。途端に背後でガコンと扉が閉まり、カチャカチャと鍵をかける音とモブググの声が聞こえた。


「フフン、バカめ騙されおって。ここは――牢屋である! これからお前は姫様を誘拐した罪で我らリギラ族の掟に従い裁かれることになるだろう! 刑罰についてはこれから行われる族長会議で決まる。……とはいえ、極刑は免れんと思うがな。それまでの間、お前はこの牢屋の中で己のしでかした罪を後悔することだ! フハーハッハッハ!」


「ええーそんなー」


 一応騙されたように装う俺。するとモブググの笑い声がピタリと止まった。


「……だが、姫様に振る舞った料理については、俺の率直な意見を族長に伝えておく。姫様を害していないとわかればあるいは……。い、いや、無駄な期待などするでないぞ! ではな!」


 そう言い残してモブググは去っていった。ハンバーガーのお陰で多少は俺の言い分もわかってくれたのかね。だとすればありがたいんだけど。


 モブググの気配がなくなり、俺は改めて牢屋の中を見回す。


 扉と部屋の片隅には鉄格子がついており、その二箇所からほのかな光が漏れている。異世界転移初日に入れられた座敷牢と違い、ここはそれなりに清潔なようで変な臭いはない。それだけでずいぶんと助かるな。


 部屋の隅には小さなツボが置かれていた。これに用を足せってことかな。


 だが実際にこれを使うと部屋に臭いがこもるだろうし、ツクモガミで適当なプラスチックの箱でも買って簡易トイレにして、用を足したらストレージの中のゴミ箱に捨てればいいと思うけど。


 ……というか、そもそも中で用を足す必要もないのだった。なんといっても俺には【壁抜け】というスキルがあるからな。


 今は周辺から人の気配はしないし、少し周りの様子だけでも確認しておくことにするか。


 俺は【壁抜け】を念じながら壁に手を突き出し――


 ――コツンと俺の指が石壁に当たった。


「あれ?」


 俺は再び【壁抜け】を念じながらグッと腕を突き出して――


 俺の拳が石壁にゴツンとぶつかる。痛った! てか、えっ? は? マジで? もしかして……この牢屋、【壁抜け】が効かないっぽい……?

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