266話 ルーニーの裏庭
ルーニーが通路の最奥にあった扉を開けると、その向こうには草木がまったく生えていない土だらけの庭が広がっていた……広がっていたんだけど――
「なんか裏庭、広すぎません?」
狭いルーニーの店なら五、六軒くらい入りそうな広さがある。店より裏庭の方が数倍広いっておかしいだろ、常識的に考えて。
するとルーニーが裏庭の真ん中に向かって歩きながら語り始める。
「すこーし煙が出るような実験を裏庭でやっていたら、ご近所さんからクレームがきてしまってね! とはいえ、実験をやめるわけにはいかないだろう? そこでご近所さんの家ごといくつか買い取ってまとめて更地にしたら、こんな広さになってしまったんだ! まったくご近所付き合いというのは大変だね! ハハハ!」
愉快そうに笑うルーニーだが、札束で殴ることをご近所付き合いとは言わないと思う。
「……と、まあそんなことはどうでもいいじゃないか。それより早く魔物を見せてくれたまえ! さあさあ早く早く!」
ルーニーが地面を指差しながら好奇心に目を
倒したときと変わらず、ボウリング玉で顔はぐっしゃりと潰れてはいるけれど、それ以外はまあまあ綺麗な状態だ。
ちなみにコイツが持っていたハルバードは特に珍しい素材でもなんでもなかったらしく、安かったのでその場で売却してやった。お値段3500G。
「むうっ、これは……リザードマン!? ……いや、それにしては体格が大きすぎる、ということは――」
ルーニーはリザードキングの周囲をぐるぐると回りながら顔を寄せる。だがしばらくすると立ちくらみをしたようによろめき、一歩二歩と後ずさった。
「……す、すまない。少し気分が悪く――ひょっとしてこの魔物、毒持ちだったりしないかな……?」
「あー! すいませんすいません! キュア! キュア!」
やっちまった! 俺はすぐさまルーニーに駆け寄ってキュアを唱える。
ストレージの中は時間が進まない。つまりこのリザードキングは倒したてのホヤホヤ状態だ。
もちろん毒霧なんかは漂っていないが、強力な毒だったし、体に付着した微かな残り香のような物でもなにかしらの影響があってもおかしくない。
俺がルーニーの背中をさすりながら念入りにキュアを唱えていると、ルーニーの顔色はすぐに元に戻った。ふう……焦ったぜ。
「コイツ毒持ちです。すっかり言うの忘れてました、すいません……」
そう言って頭を下げる俺に、ルーニーが額に浮いた汗を拭いながら答える。
「いや、先にどんな魔物かも聞かずに君を急かした私にも非はあるだろう、すまなかったね! そんなことよりも……今のがナッシュを治療したというキュアなのかい?」
「え? ええ、そうですけど」
「むう……これがバジリスクの毒すら解毒させるキュアなのか。体調不良がまるで霧が晴れるように消えていく感覚は、解毒薬では味わえないものだね! なるほど、なるほどっ!」
ルーニーは何度も頷いて自分の体をべたべたと触り、それから目をギンギンにさせながら俺に顔を近づけてきた。
「すまないイズミ君、もう一度毒にかかってくるからキュアをお願いするよ! こんな機会はめったにないからね!」
などと言って走り出そうとしたルーニーの首根っこを俺は捕まえる。グエッとカエルのような声を上げるルーニー。
「駄目に決まってるでしょ」
「そ、そこをなんとかお願いできないかい?」
「ダメ」
『いまさらじゃが、こやつマジでヤバイのじゃ。なんというか薬の神にもちょっと似とる。ヤバヤバじゃぞ……』
ドン引きしているのか、震え声のヤクモの念話が届く。というか薬の神ってこんなんなのかよ。絶対会いたくねえ。
俺に首根っこを掴まれたままのルーニーは観念したのか、ガックリと肩を落とした。
「むう……わかった、残念だけど諦めるよ」
ルーニーは肩にかけた魔道鞄をゴソゴソと漁り始める。そしてゴーグルが付いているガスマスクのような分厚い装備品を取り出す。
「君も毒対策を――しなくて平気なんだろうね、きっと」
「ええ、まあ……」
「まったく、イズミ君のように毒が効かなかったりキュアが使える人がたくさんいたら、私の商売もあがったりだよねえ。幸いなことに、君みたいな存在を私は他に知らないがね」
ため息をつきながらガチャガチャとガスマスクを装着し、眼鏡巨乳はガスマスク巨乳に変身した。
これはこれで、特殊な性癖の人には刺さりそうな格好だな。俺には刺さらないけど。……本当だよ?
「よし! これで毒対策は万全だ。もう近づいていいかい? いいよね!」
俺の返事を待たず、ルーニーは小走りで再びリザードキングに近づくと、今度は魔道鞄から厚手のナイフのような物を取り出し、「切っても構わないかな?」と俺に振り返った。
俺が頷いてみせると、さっそくリザードキングの喉元にナイフを差し入れ、豪快に切開していき中身をじろじろと観察する。
そのあとしばらく、ザックザックと切り刻んではなにかを摘み出したり、俺に質問をする時間が続いた。
「……ふうむ、毒袋は一つしかないね。しかしイズミ君の話によるといくつも毒を使いこなした……ということは、魔力で毒の性質を変化させていたということになる。実に興味深い――」
しゃがみ込みながらつぶやき続けるルーニー。ちなみにグロ耐性皆無のヤクモは裏庭の片隅で腰を抜かしていたよ。
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