265話 パスタのヒミツ
教会からしばらく歩き、俺とヤクモはルーニーの薬師局に到着した。店の入り口には眼鏡をモチーフにしたどでかい看板が吊り下げられており、相変わらずインパクトがエグイ。
初見でこの店に入るのは勇気がいると思うよ。もちろん俺は何度も来て慣れているので
「ちわー」
挨拶しながら中に足を踏み入れた。その途端、湿度が格段に上がったのを肌で感じ、さらにはヌチャッと粘着質な何かを踏み潰した感触もあった。慣れたと思っていたけど早速撤回しよう。
足の踏み場もない通路、左右の棚もごちゃごちゃと商品やら材料やらが置かれている中を、俺とヤクモは恐る恐る歩いていく。
そんな店内の最奥では、ルーニーがビーカーを熱しながら中の液体をじいっと観察していた。
だが俺が来たことに気づいたらしく、ルーニーは顔を上げると俺に満面の笑みを向ける。
「おおっ、イズミ君! 戻ってきたんだね! ずいぶんと長い滞在になったようだが、君なら大丈夫だと思っていたよ。さあさ、そんな所に突っ立っていないでこっちにきたまえ、ホラホラ!」
ルーニーが奥から椅子を持ってきて、その座面をポンポンと叩く。相変わらずテンションが高いね。
「どうもっす……。ところでコレってなんですか?」
俺は差し出された椅子に座りながら、目の前でコポコポと音を鳴らして沸騰しているビーカーを指差した。
「よくぞ聞いてくれた! これはねえ、エルダートレントの樹液を希釈したものを熱しているのだよ!」
エルダートレントといえば、ルーニーから依頼を受けてマルレーンと一緒に狩りにいった魔物だ。そういや引き渡した時に素材を何に使うのかは研究結果次第だと言っていた気がする。あれから研究も進んだのかな?
などと思っていると、ルーニーはいきなり場違いな質問を俺に投げかけた。
「イズミ君、祝福亭で新製品のパスタはもう食べたかい?」
「ええ、食べましたけど――って、まさか」
いやいや、そんなことないよな? 一抹の不安がよぎったが、ルーニーは最大級のテンションで答える。
「そう! そのとおりだよ! この希釈液を麺に混ぜ込むことで、あのパスタが完成したのだよ! なあ、どうだったかね!? パスタの質が従来の物よりもツルツルとして弾力もあったと思うんだが!」
マジか。チンピラをぶっ殺すグロシーンを目撃したり、森の中で俺を追いかけ回したりと、エルダートレントには散々な思い出でしかないんだけど。アレが材料なのかよ。
「……あのう、これって本当に口に入れても大丈夫なものなんすか?」
ビーカーの中でコポコポと静かに揺れている半透明のゲル状の物質を見つめながらの俺の問いかけに、ルーニーは心外だとばかりに頬をふくらませた。
「むうっ……むううっ! 相変わらず君は私の腕前を信用していないようだね! これでも私はトレント素材の扱いについては自信があるのだ! 豊胸用素材を作る際にたっぷり研究したからね。その私が断言しよう、樹液はただちに健康に影響が出るものではないっ!」
なんだろう、微妙に信用していいのかよくわからないフレーズだ。
「それに君だって魔素がたっぷり入った魔物肉を食べたりしているだろう? どうして樹液が気になるのか、私のほうが不思議に思うね」
などと首を傾げるルーニーだが、樹液のことよりも犯罪者を廃人化させたり想定外に記憶を消させる薬を投与したことを思い出してほしい。あと、お茶も激マズ。
……とはいえ、パスタが美味しかったのは確かなんだよな。これ以上気にするのもやめとくか。
「そうっすね。パスタは美味しかったですよ」
俺がそう答えると、眼鏡巨乳は満足げな笑みを浮かべて机に身を乗り出してきた。おっぱいが台の上に乗って、むにゅんと形を変える。とてもありがたい。
「うふふっ、そうかい! あのパスタはねえ、この町への道中で君に食べさせてもらった麺料理があっただろう? どうにかあれに似た食感を再現できないものかと、アレコレ実験を繰り返した結果、完成したものなのだよ!」
道中っていうと、鍋で茹でてナッシュとアレサ、ルーニーにごちそうしたインスタントの袋麺のことか。あれを何度か食べただけでよくもまあここまでやれたもんだ。
「今回のパスタだがね、商売が軌道に乗ったあかつきには君にお礼をさせてはもらえないだろうか? 君と知り合ってからというもの、入手困難な素材が手に入るわ、次々とアイデアが湧いてくるわで私としては感謝してもしきれないんだよ!」
感極まったのか、俺の手を両手でがっしり掴むルーニー。着崩れたシャツからは溢れんばかりのおっぱいの谷間が見えた。俺の方こそ感謝しかない。
だが俺のあからさまな視線に気づいたルーニーが胸を抱えて後ずさる。
「……お、お礼といってもそういうのはダメだからな! 私の体は薬の神に捧げているのだからね!」
薬の神か。前もそういうことを言ってたような気がする。まあ視線がついつい胸に向くくらいは許してほしい。
他の女性ならともかく、なぜかルーニーに対しては無遠慮にやっちゃうんだよな。たぶん向こうも俺に遠慮なんかしないからだろう。
仕方なく目線を上げた俺に、ルーニーは頬を赤らめながら口を開く。
「そっ、それで今日はなにか用事かい? いや、君なら用事がなくてもいつだって来てくれていいんだが!」
セクハラされていても、いつでも来ていいと言える根性がすごいよ。俺は敬意を表して正直に訪問理由を語った。
「ええ、実は珍しい魔物を倒してきたんで、一度見てほしいなって」
「おおっ、おおおお……! イズミ君、ありがとう! ぜひとも拝見させてもらおうじゃないか! ……あ、でも君のことだ。どうせこの狭い店内じゃ無理だろう? 裏庭に案内しよう! さあ、こっちだこっち!」
ルーニーは再び俺の手を握ると、細い廊下の先にある扉まで俺を引っ張っていった。
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