264話 イズミの仕事
結局ヤクモは朝まで気絶していた。そこまで俺の長期休暇宣言がショックだったのか……。シンプルに言ってアホだと思う。
そしてそのアホはベッドから飛び起きるなり、俺に教会へ連れて行くように求めた。長期休暇の件を主神に報告し、お伺いを立てるそうだ。本人曰く、緊急会議らしい。
特に断る理由もない。俺は急かすヤクモを引き連れて教会へと向かった。
◇◇◇
教会に到着したヤクモは、すぐさま女神像の前に膝を折り曲げて祈り始める。
知らない人が見れば狐姿の魔物が神様に祈りを捧げるという珍場面なワケだが、今朝も礼拝堂の中はガラガラで人っ子ひとりいない。どうなってるんだこの教会。
俺は黙々と祈り続けるヤクモから視線を外し、ツクモガミで新しいマンガを物色することにする。だが新しいマンガを購入する前にヤクモが足元にやってきた。どうやら緊急会議とやらはあっさり終わったらしい。
『――それで、どうだったんだ?』
教会の中は神様たちに見られているらしいので落ち着かない。俺はさっさと外に出ると、町の中をぶらぶらと歩きながらヤクモに尋ねた。
『はあ……。主神様からはイズミの好きにさせろと言われたのじゃ……』
ヤクモは地面にぺたんと下ろした尻尾を引きずりながら、ため息まじりに答える。やっぱりそうなるよな。思っていた通りの答えだよ。
『そりゃそうだろ。そもそも俺が神様から求められている役割はツクモガミを利用してこの世界の淀みを減らすことであって、冒険者稼業じゃないからなあ』
ヤクモに初めて会ったときにも、そんな説明を受けている。コイツはすっかり忘れていたみたいだけど。
『うぎぎ……たしかにそのとおりじゃったわい。……じゃがなー、ワシ、働かぬ者を見ると、なんとももったいない気分になるんじゃ。労働に喜びを見いだし、結果を出して社会に貢献する。それ以上に幸せなことなぞ、この世にないじゃろ? なーんで、それがわからんのかのう……』
ふてくされたようにぶつぶつと呟くヤクモ。目がマジである。相変わらずの
それでも神様に面と向かって言われたことで、不承不承ながらも長期休暇に納得はしたようだ。
しかし俺としても、隣でヤクモにつまらん顔をされたままでは休暇を素直に楽しめないんだよな。そこでヤクモが気絶している間に懐柔策を考えておいた。
「まあそう言うなよ。お前がヒマにならないように、ツクモガミのバージョンアップ案を考えたからさ」
結局ヤクモは自分がロクに働けない状況にあるから、俺のことが気にかかるのだと思う。
最近は現状のツクモガミで割と満足していたので、バージョンアップを頼むことはなかった。しかし俺の楽しい長期休暇のため、気絶したヤクモのマヌケ顔を拝みながら必死に考えたのだ。
俺からの提案にヤクモは目を見開くと、俺の体をよじ登って顔を近づける。
『ほ、本当か? お前最近まったく言ってこんかったではないか! ワシがツクモガミを完璧に作りすぎたゆえに仕方ないと半ば諦めておったんじゃが、あるならホレ、言ってくれい! はよ、はよう! フンフンフン!』
肩に乗ったまま、俺の顔に鼻先を押し付けてヤクモが念話を飛ばす。フンフンと荒い鼻息が頬に当たり、ただただうっとうしい。
俺は肩に乗ったヤクモの首根っこを掴み、地面に下ろしながら言ってやる。
『覚えたスキルを削除するような機能を、ツクモガミに追加することはできるか?』
『はあ? スキルの削除じゃと? そんなもんいるのか?』
『いるだろ、常識的に考えて』
スキルは一部、精神に作用するものもあるので慎重に覚える必要があった。けれどもスキル削除ができれば、もう少し気軽に覚えられるかもしれない。使いたいときに習得して、それから削除という使い方もできる。
『どうだ? できそうか?』
『ふんむ~……。そのあたりはツクモガミというよりスキルの領域になってくるのう。特殊スキルとして実装されても構わんか?』
『【スキル削除】みたいなスキルとして備わるってことか? それは別に構わないけど』
むしろそれは嬉しい誤算な気がする。スキル化されるなら、そこから――いや、今はそれはいい。とにかくスキル削除は可能のようだ。そういうことなら俺に異論はない。
俺が了承すると、ヤクモは歩きながら独り言をつぶやく。
『ううーむ……。ソースを抜き出して単独のシステムとしてビルドすれば……じゃが神力不足を補うためには……うむ、ふむ、つまり……ふむ、ふむむ……』
上の空のヤクモはそのまま歩き続け、突き当たりの民家の壁に頭をつけたまま、のしのしと足踏みを続けている。面白いから放っておこう。
そんな状態が数分間続いた。ヤクモが急にこちらを振り返り、顔をパァァァッ……と明るくさせた。
『うむっ、なんとかなりそうじゃぞ! じゃがバージョンアップにはかなり時間がかかるじゃろうし、削除の際にはスキルポイントも必要になると思うぞ。それでもいいのか?』
『あー、かまわんかまわん』
最悪、使い勝手が悪けりゃ使わなければいいだけなのだ。バージョンアップ依頼は、俺が快適に休暇を楽しめる環境作りの一環だからな。
『日数も結構かかるぞい。二十日はかかりそうじゃ』
今までいくつかバージョンアップを頼んだが、その中でも最長のようだ。だがその間はヤクモにやいやい言われることもなさそうだし、時間がかかるのはむしろ良い。
『問題ない。それじゃあ頼む。なるべくゆっくりとやってくれよな』
俺が答えると、ヤクモが手のひらというか柔らかそうなピンクの肉球をこちらに向けた。
『ん? どうしたんだ?』
『ほれ、ワシからはなかなか言い出せぬから……の?』
『なんだ? さっぱりわからん』
首をかしげた俺を見て、ヤクモは地団太を踏みながらムキーっと怒り出す。
『報酬じゃい! 労働で尊い汗をかいた後には報酬が必要なのじゃ! やりがいしゃくしゅは許さん! カップラーメン! カップラーメン!』
そういやバージョンアップには報酬もセットだったな。報酬で好きなカップラーメンを食うのがコイツの生きがいだったことをすっかり忘れていた。
『うーん、そうだなあ。日給1万Gとして……20万Gくらいでいいか?』
しかしヤクモはぶるぶると首を横に振る。コイツは俺の懐事情をよく知っているからな。それを
『も、貰いすぎじゃい! そ、そんな大金を貰うような大口の仕事かと思うとワシ、プレッシャーで手が震えてなんもできんくなってしまうかもしれん……』
難儀な性格してるよなあコイツ。
と、いうことで報酬は10万G。俺の休暇中は好きな物を食ってもらいたいので先払いということになった。
ひと通りの話が終わったところで、ヤクモは耳をピンと立てながら俺に顔を向けた。
『よし! ワシの仕事もあることじゃし、お前の監督まではしておられんからな。長期休暇は大目にみてやるとしよう。ハメを外しすぎんように休むとええぞい!』
上機嫌に語りだすヤクモ。すでに脳内は仕事とカップラーメンでいっぱいのようだ。締まりのない口からはちょびっとヨダレが垂れている。
『……じゃが、休暇といっても何をするつもりなんじゃ? さすがにずっと宿に引きこもってるわけでもあるまい』
『まあたまに引きこもる日もあってもいいんだがな……今日はせっかく外に出たし、このままルーニーの店にでも行くつもりだよ。
『う、うむ。あのパスタ、食って大丈夫なヤツなのか? ワシ、半日気絶したのはアレのせいじゃと思う』
『それはたぶん違う』
俺はヤクモの考えを一蹴すると、ヤクモを連れてルーニーの薬師局へと向かった。
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