68話 ヒール+1の力
診察台の傍らに立ち、爺さんの肩の辺りから念入りにほぐしていく。
爺さんがうめき声混じりの気持ちよさそうな声を漏らしているを聞きながら、ひたすら爺さんの身体をリラックスさせていった。
とりあえず爺さんを眠らせて、こっそりと【ヒール+1】を使ってみよう。爺さんならバレたところで問題はないとは思うが、できることなら【ヒール+1】の存在は隠しておきたい。
俺は爺さんが安眠できるように、優しく柔らかな指圧で爺さんを眠りへと誘う。強弱をつけつつ全身に刺激を与えることで、爺さんの身体がどんどん弛緩していくのがわかった。
やがて爺さんの目がとろんと垂れ下がり、口も半開きの無防備な状態へと変わる。……俺だってどうせなら、こういうことはかわいい女の子相手にやりたいんだけどな。
そんな俺の悲しみをよそに、ついに爺さんがぐうぐうといびきまじりの寝息を立て始めた。
「……さて、それじゃあいきますか」
小さくつぶやき、足元のヤクモを見る。ヤクモがコクリと頷いた。よし、足りてくれよ、MP……! 俺は【ヒール+1】を念じた。
即座に俺の手のひらから溢れた金色の光が、爺さんの全身を暖かく包み込む。見えているわけではないが、爺さんの欠けた骨、無くなった軟骨が戻ってきているような手応えをうっすら感じられた。
思ったとおりだ。さすがに老化を止めることはできないだろうが、やはり老化で失ったものですら、【ヒール+1】で回復できている。
それにしても……達人級の【ヒール+1】でこの効果なら、伝説級だという【ヒール+2】は一体どんな効果になるのだろう。
もしかして、老化を完全に止めたり、死者すら蘇らせるとか? いや、さすがにそれはないよな……?
ちょっとした好奇心が沸き立つ。ヤクモの承認があれば、後はスキルポイントさえ足りるのならレベルアップはできるだろうが……。
いやいやいや、【ヒール+1】を覚えたときのことを思い出せよ、俺。
【ヒール+1】を覚えるときですらその衝撃で前後不覚に陥ったんだ。それ以上となる【ヒール+2】なら衝撃でショック死するか、死ななくても廃人になりかねんだろ。
俺は危うい考えを捨て去り、しばらく爺さんの様子を見守る。ヒールの光はすでに収まっているが、爺さんは未だに寝たままだ。俺は爺さんを揺すり起こした。
「おーい、爺さん、施術は終わったよ。寝るほど気持ちよかったのか?」
「……ふぁ~あ……。ワシ、寝てしまったのか。イズミ、ありがとよ。極上の気分を味わわせてもらったぞい。……それで施術の方はどうじゃった?」
「ああ、指圧だけじゃなくて、ちょっとヒールも試しに使ってみたんだが……爺さんこそ調子はどんな感じだ? ちょっと立ってみて確かめてくれないか?」
さすがに指圧だけというのは無理があるので、無印のヒールを使ったってことにしておく。爺さんは診察台から降りると、おそるおそる屈伸をした。
「ふむ、おお? こ、これは……」
「どうだ?」
再び爺さんが屈伸を、今度は少し早いテンポで二回三回と繰り返し、そして両手を何度も握ったり開いたりして、驚愕に目を見開いた。
「な、治っとるぞ……。ワシの施術しすぎて曲がらなくなった指も、歪んだ腰骨も、じくりと痛んだ膝も、ぜーんぶ治っておるのじゃ!」
「おお、マジか。俺の指圧とヒールってすごいな」
「感謝するぞい! これならワシが指圧に復帰するのに支障がなさそうじゃ! イズミや、明日からはワシも手伝うゆえ、共に診療所を盛り上げていこうぞ!」
爺さんは興奮気味に目を爛々とさせながら、俺に意気込んでみせる。
「あーそれなんだけどな……」
俺は軽く頭をかきながら、爺さんが現役に戻れるなら、今後はなるべく狩人に力を入れていきたいということを説明した。
「……なるほど、いきなりワシの治療を勧めたのは、そういうことじゃったのか」
納得がいったとばかり、爺さんが顎を擦りながら俺を見上げる。
「悪いな、爺さん」
「ふほっ、何を謝ることがあるんじゃい。お前はワシに生きがいを取り戻してくれたんじゃから、感謝してもしきれんわい」
「でもな、指圧を完全に辞めるつもりもないんだ。勝手な考えかもしれないが、これからも俺の手が空いてるときには診療所を手伝わせてくれるとありがたいんだけど」
「ええよ、ええよ。お前の好きにしてくれればええ。ワシじゃなくてお前でないとダメだっていう常連もおると思うしな」
「そう言ってくれると助かるよ。そんときゃ狩りの肉をお土産にして来させてもらうよ」
「そんな気をつかわんでもいいんだが、まあもらえるものはもらっておくぞ、ほっほっほ」
爺さんが朗らかに笑った。
どうやら診療所の方はこれでどうにかなりそうだ。これからも狩りの合間にお邪魔して、村人のスキルチェックを行っていこう。
こうして本日の指圧の仕事は終了した。我ながら無難にことを進めることができたと思う。
ちなみにいろいろと元気を取り戻した爺さんは後片付けもそこそこに、昔の愛人だという知り合いの婆さんの家へと、そそくさと出向いていった。
なんなら紹介しようかと聞かれたが、さすがにそれは遠慮したよ。
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