69話 イズミは爪派

 先に出ていったサジマ爺さんを見送り、俺たちも診療所を後にする。爺さんの治療を行った分、いつもよりも少し日が落ちていて外は薄暗いが、歩く分には問題ない。【夜目】もあるしな。


「むふふ、楽しみじゃのう。なあ、イズミー」


 教会へと繋がる坂道を登りながら、ヤクモが尻尾をふりふりして嬉しそうな声を上げる。夕食後に報酬のカップラーメンを支払ってやると言ってからというもの、ヤクモはずっと上機嫌だ。


 まだツクモガミのアップデートは終了していないが、むしろ俺の言いつけどおりにゆっくりと作業を行っていると言えるし、さっきも無駄にヘコんだりしていたので、ちょっとしたサービスである。


 ヤクモが前足でくいくいと俺の脚をひっかけて見上げた。


「なーなー。イズミはカップラーメンの蓋は爪でぎゅっとして固定する派? それとも包装のシールを使う派か? どっちじゃ? ワシはな……シール派!」


 機嫌良すぎて少々ウザいけどな。まあいいけど。



 坂道を上がりきり、教会が見えた頃には辺りはすっかり真っ暗になっていた。俺たちは礼拝堂にある客室には行かず、直接隣の住居へと向かう。扉を開けた瞬間、美味しそうなスープの匂いが漂ってきた。


「ただいまーっと」


「おかえりなさい。今日はちょっと遅かったんだね。もう先に食べちゃうところだったんだから」


「ああ、今日は診療所を閉めた後に、爺さんの治療もやったもんでな」


 厨房からこちらにひょいと顔を出し、クリシアが出迎えてくれた。そして椅子に腰掛けている親父さんがニヤニヤしながら口を開く。


「とか言ってるけど、お前が帰るまでメシはお預けを食らってたんだぜ」


「ちょっと、お父さん!?」


 クリシアが顔を赤くして声を上げると、親父さんがガハハと笑い、話を切り替えるように俺に尋ねる。


「それでよ、治療ってサジマ爺はどこか悪くなったのか?」


「いや、どこが悪いと言えばどこも悪かったんだけど……。まあメシを食いながら話すよ。クリシア、なにか手伝えることないか?」


「う、うん。それじゃあお皿の用意手伝ってくれる?」


「はいよー」


『イズミー。ワシは夜食に全力を注ぐから、今日は食事少なめにするようにクリシアに言っといとくれ』


『はいはい』


 早くも夕食よりも夜食に関心が向いているヤクモに答えながら、俺は食事の準備を手伝いに厨房へと入った。



 ◇◇◇



 今日の夕食が終わり、俺たちは礼拝堂へと足を進める。俺もなんだかんだでパンのおかわりはせず、夜食を食べる分の腹のスペースは空けておいた。俺だって久々の前の世界のメシはやっぱり楽しみだ。


 客室の中に入ると、俺はすかさずツクモガミを呼び出す。


「さてと、それじゃあお前のカップラーメンから買ってみるか」


「うむっ! はよう、はよう!」


 人型に戻ったヤクモが口元の涎を拭おうともせずに俺を急かす。


「ええと……ああ、これでいいか」


 俺は【カップラーメン詰め合わせ30個セット】を選択。5200Gと予算より少し高いが、まあいいだろう。


 ポチっと押すと、すぐさまダンボール箱が落ちてきた。それを見て、ヤクモはダダダッとダンボール箱に駆け寄り、俺に期待をこもった目を向ける。


「おっ、おう。開けてもいいぞ……」


 その一言で、ヤクモはもどかしそうにダンボール箱の梱包を解いていき、ついに上蓋を開けると、カップラーメンと対面した。


「おおおおおおお……!」


 まるで財宝の入った宝箱でも開けたような顔を浮かべ、ヤクモが感動に打ち震えている。


「も、もう我慢ならん! イズミ! お湯じゃ! お湯をくれーい!」


「はいよー」


 俺は手のひらから熱湯を出して、ヤクモが差し出したカップラーメンへと注ぐ。


 以前は湯を入れた鍋ごと保管していたが、水が水だけでストレージに入るなら、熱湯もそのままストレージに入るんじゃね? と試してみたら普通にいけたのだ。かなり便利で助かっている。


 こちらも水と同じく50リットルまで保管できる。このことに気づいた後、厨房で湯を沸かしてはストレージに収納という作業をひたすら続けていたので、クリシアに呆れた顔をされたもんだ。


 カップラーメンができあがるのをじっと待っているヤクモを横目に見つつ、俺も自分の買い物をすることにする。


 ヤクモがカップラーメンなら……俺はカップ焼きそばにしてみるか。


 ヤクモのように大量には要らないし、少しだけの出品があればいいんだが……と検索してみると、五個セットの焼きそばを見つけた。


 どうやら期間限定で販売されていた物らしく、プレミアっぽい値段がついて1500Gと少々お高い。しかしこれ以外の出品は十数個のセット販売ばかりだったこともあり、たまの贅沢もいいだろうと購入を決めた。


「ん?」


 購入ボタンをタップすると、すぐに商品のダンボール箱が落ちてきたが、スキルポイントはカップラーメンを買ったときに362☆になったまま増えていない。


 あれ? これってもしかして、久々に粗悪品を掴まされたのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る