67話 マジックポイント

 この日の営業時間が終わった。今日も相変わらず良いスキル持ちとは出会えなかった。ちなみに出会えたスキルは【腹踊り】【関節鳴らし】【流し目】【浮気感知】だ。むしろスキルとして存在していることが怖い。


 あと診療所のリピーターがかなり来てくれていたので、今日はやたらと忙しかった。


 リピーターは俺の本来の目的からすると、正直なところ不要な客ではある。……でも、俺の指圧を受けにわざわざ来てくれる人がいるのって普通に嬉しいよな。


 それなりの充実感に浸りながら、俺は玄関扉の「開店中」と書かれている看板を裏返して「閉店中」にする。そういや文字が読めないのもなんとかしないとな……。


 再び施術室に戻ると、奥の部屋で茶を飲んでいたサジマ爺さんに声をかける。


「おーい爺さん、そろそろ施術をやろうか」


 すると、茶をテーブルにトンッと置き、サジマ爺さんが軽い足取りでこちらにやってきた。ずいぶんと上機嫌のようだ。


「よしきた。先日のお前の腕試しは別にして、施術をしてもらうのは久しぶりじゃ。なんだかワクワクするのう」


「へえ、久しぶりってことは、以前やってもらったことがあったのか」


「うむ。若い頃、町で指圧の技術を教わったときにな。習うにはまず自らで体験することじゃと言われてのう。当時の師匠によく指圧の施術を受けたものじゃよ」


「町か……。どこの町なんだ?」


「そりゃあもちろんライデルの町じゃよ……ああ、そういやお前は記憶がないって話じゃったな、すっかり忘れとった。ワシももう何十年も行っとらんけど、そこからの行商は三ヶ月に一度くらい、ここの農作物や肉を買い付けに来ておるよ」


 ライデルの町という名前は、さすがにこの村に十日あまり住んでいると聞いたことはあった。さほど大きな町ではないらしいが、この村から最寄りの町であり、馬車で七日前後かかるくらいの場所にあるらしい。


 それにしても町か……。ここの暮らしに不満はほとんどないけれど、どういった所なのか見てみたい気持ちはある。とはいえ、今はスキル集めやゴールド稼ぎ、語学もなんとかしないといけないし、見学に行く余裕はないけど。


「よし、それじゃあ施術を始めるからなー」


「おお、よろしく頼むぞ」


 サジマ爺さんが診察台にうつ伏せになる。こうして施術が始まった。



 ――改めてサジマ爺さんの身体を念入りに指圧してみると、どこが悪いというよりも、あちらこちらと悪い箇所はいくらでもあることがわかってきた。


 これは怪我や病気ではなく、普通に歳を取っていくだけで疲弊し衰えていく、老化の影響のように思える。


 これらを指圧だけで整えていくのはさすがに限界があるようだ。指圧スキルのお陰か、無理なもんは無理と理解わかるのはありがたい。


 ……これはやはりヒールが必要になりそうだ。しかし自然治癒力を上昇させる【ヒール】では無理だろう。


 欠損すらも回復可能な【ヒール+1】で、サジマ爺さんの身体からすり減ってしまっている軟骨や損傷した骨を治癒させないといけない。


「爺さん、そのままちょっと待ってくれよな」


「ん? うむ、わかった」


 俺はうつ伏せの爺さんをベッドに放置すると、ツクモガミでタイピングをする。


『ヤクモ、俺はこれからヒール+1を使おうと思ってるんだが』


 俺からのメッセージに、離れたところでこちらを見学していたヤクモが、尻尾をふりふりさせながら近づいてきた。


『うむ。存分にやるといいぞ』


『けどな……ほら、前にヒール+1で親父さんを回復させたときって、なんか力が抜けてMPマジックポイント切れとか表示されて、最後は気絶したじゃないか』


『おお、気絶したな。あれは危なかったのう~』


『使えばまた気絶するよな? だからヤクモ、お前ちょっと親父さんを連れてきてくれないか? 悪いけど親父さんに背負ってもらって教会に帰ることにするわ。お前が教会でニャンニャン鳴いたら、俺が呼んでることくらいは察してくれるだろ、多分』


『ん~。そんなことせんでも今回は大丈夫じゃろ?』


『え、なんで?』


『だってイズミ、お前は魔物を倒したじゃろ。魔力……MPだって増えとるじゃろうし』


『えっ、どういうことだ?』


『え?』


『俺、初耳なんだけど』


『お前が魔物を倒すとその魔物の魂の一部が己の魂に絡み、MPが増加する……。お前の身体だけの特別仕様なワケじゃが……ワシから聞いてない? マジかいの?』


『ああ、聞いてない』


『そ、そうか……たしかに言われてみると、ワシ、説明した記憶がまったくなかったわい……。すまんイズミ、ワシまたやらかしてしまいよった……。ワシは本当に無能じゃ……』


 肩を落とし、どんよりとした空気を纏うヤクモ。


『これは先に言うとくべきじゃったなあ……。じゃ、じゃがの、これはたしかにワシの過失であるが、どうか報酬の5000G分のカップラーメンは70%の減給くらいで勘弁してくれんじゃろうか……。さすがにそれ以上となると、ワシも生きがいというものが……。後生じゃ、頼む、頼むぅ……』


 ヤクモが涙目で俺の脚にすがりつく。こいつなんで減給前提なんだよ。しかも70%減を自己申請って……。


 はぁ、こいつ普段偉そうなくせに、謝罪するときは素直に謝罪して、その前後で滅茶苦茶うろたえるかヘコむんだよなあ。もともと責める気もなかったが、ただただこいつの前の労働環境に同情する。


『別にいいよ。俺も聞いてなかったんだから。これまでその知識は必要なかったってことだろ』


『じゃがな、もしかしたら昨日の森でもヒール+1を使う場面もあったかもしれん。そのとききっとヒール+1を使うことに躊躇したじゃろ。その一瞬が命取りになるケースだってあるのじゃ。イズミ、本当にすまんかったのじゃあ……』


『いいっての。減給も無しだ』


『げ、減給が無いなのか!? しかしそれでは他の神々に示しがつかんではないか! ……って、そういえばここに他の神はおらんかったのじゃ!』


『ようやく気づいたのかよ。……それで、結局、俺はいくらか魔物を倒したから、MPが増えているってことでいいのか?』


 少しは落ち着きを取り戻したらしいヤクモが、取り繕うように大きな耳を前足でカリカリとかきながら答える。


『う、うむ、そうじゃ。あの時はヒール+1でMPはすっからかんになったが……ふむ、今でも二発は打てんが、一発ならある程度MPに余裕はある』


『そうか、わかった』


「おーい、イズミや。まだかいのう?」


「すまんすまん、待たせたな。今からやるよ」


 さて、ここからヒール+1で一気に治療してしまおう。俺は診察台に横たわる爺さんを見ながら、密かに気合を入れた。

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