66話 あ~これは内臓が弱ってますね~

 診療所の中に入ると、奥の部屋からサジマ爺さんがやってきた。


「イズミ、おはようさん。昨日はキースたちには会えたかの?」


「ああ、会えたよ。二人とも森で魔物に遭遇して、それを撒くのに時間がかかったせいで、村に戻ってくるの遅れたんだってさ」


 ということで話を合わせている。昨夜は門番にもそう説明した。正直に魔物を倒した話をすると、俺のことを根掘り葉掘り聞かれそうだからだ。


 俺だって自分の能力を誰彼構わず言いふらしたいわけじゃない。そんなの絶対トラブルに巻き込まれるからな。


「なんと! それで二人とも無事じゃったのか!?」


 俺の説明にサジマ爺さんは目を見開いて駆け寄ってくる。


「無事だよ。ほら」


 俺は玄関の脇に体を退かした。すると背後にいたラウラがぺこりと頭を下げる。


「心配をかけてごめんなさい」


「おお……。いやいや、大変じゃったろ。怪我はないのか?」


「うん」


「そーかそーか。ほっほっほ、それではせっかく無事に帰ってきたお祝いじゃ。今日は特別にワシがお前に施術をしてやろうかのう?」


 ニタリと口元を緩ませたサジマ爺さんが、ワキワキと指を動かす。するとラウラはサッと俺の背後に隠れた。


「それは、いらない……」


「な、なんじゃと……。すべての悦楽を呼び起こす奇跡の指が体験できるまたとない機会じゃというのに」


「なんだよ、奇跡の指って……。そもそも爺さん、もう歳で体に力が入らないんだろ?」


「まあ、そうなんじゃがのう……。毎日お前が施術をしているのを見ているとな、ワシもまた現場に戻ってみたい気持ちがうずうずと湧いてきてのう。はぁ……残念じゃ」


 ため息まじりにサジマ爺さんが答える。どうやら本人は体さえ元に戻れば、現役に復帰したいという意欲があるようだが……これは好都合だ。俺はここに来るまでに考えていた計画を話してみることにした。


「……なあ爺さん。爺さんも俺の施術を受けてみないか?」


「ほ? どういうことじゃ」


「少し体が弱ってるくらいならさ、指圧でなんとかならないかなって。爺さんだって自分で自分の指圧はできないから試したことないだろ。一度やってみないか?」


「ふむ……。たしかにお前と出会ったときに一度体験したあの指圧なら、あるいはなんとかなるのかのう? ……試してみるのもいいかもしれんな!」


「じゃあ、これからは仕事が終わって店を閉めた後、毎日爺さんの施術をやろう」


「うむ、よろしく頼むぞ!」


 ため息から一転、顔をぱあっと明るくしたサジマ爺さんが答える。これでよし。爺さんが治るかどうかは実際やってみないとわからないが、ダメならガタがきている箇所にヒールも併用してみれば、なんとかなるような気がする。


 俺が森で狩りを始めると、ここに来れる回数も減るだろう。そこで俺は、爺さんの治療をやりつつ村人のスキルをある程度チェックし終えたら、そのまま爺さんにバトンタッチして診療所をフェードアウトしようと計画したわけだ。


「ほら、これからラウラの施術をするんだから、爺さんは向こうに行った行った。キースから、あんたにはラウラが施術してるところを見せるなってきつく言われてるんだよ」


「なんじゃ、ケチじゃのうー……。わかったわい。それじゃあワシは向こうの部屋に行っとるからのー」


 唇を尖らせたサジマ爺さんは、隣の部屋へとトボトボ歩いていく。それを見送った俺は砂時計を手に取り、ラウラを施術台に案内した。


「さてと、それじゃあ施術を始めますかね」


「ちょ、ちょっと待って」


 ラウラは手を突き出して俺を止めると、むんっと気合を込めるように両手をぐっと握りしめる。そして体をガチガチにしたまま施術台でうつ伏せになった。


「……あのさあ、それじゃあちょっと施術やりにくいんだけど。悪いけど体の力を抜いてくれるか?」


 しかしラウラはふるふると首を振って一言。


「こうしないと耐えられない」


 指圧に耐えちゃいかんだろ。どういうことだ? 俺はなにかを試されているのか?


 ……いや、まあいいか。それでもなんとかなると、俺の中の指圧スキルが教えてくれている……ような気がする。


「わかった。それじゃあ始めるぞー」


 俺はラウラのふくらはぎをじっと見つめる。余計な肉がついてなくてすらっと長い、いわゆるカモシカのような脚ってやつだ。まあ実際のカモシカは太くてたくましいらしいけど。


 これは別にエロい目的で見ているわけではない。昨日毒蛇に噛まれたのもこの辺みたいなので、まずはここから始めようと思うのだ。


 よく見てみると、やはりふくらはぎには軽い傷が残っていた。その傷をヒールを使って消してやる。ちょっとしたサービスだ。そしてふくらはぎに手を添えると、ツボをぐいっと指で押してやった。


「~~~~~~~~っ!!」


 なぜか声にもならない声を上げたラウラ。なんだか体がビクンビクンと震えているような気がするんだが。


「えっ? おい、ラウラ。大丈夫か!?」


「だ、大丈夫……。なんとか耐えたから……」


 真っ赤な顔で汗をぶわっと浮かび上がらせながらラウラが答える。


「耐えるようなもんじゃないと思うんだが……」


 別にバラエティ番組のように痛いツボを押したつもりはないし、今のもどっちかというと気持ちいいツボだと思うんだけどな……。しかし効果は出ているようなので、このまま続けることにする。


「続けるぞ?」


「よし、こい……!」


 謎の掛け声とともに、体にぐっと力を入れるラウラ。こいつはいったい、何と戦っているんだ……?



 ――それからも、ツボを押すたびに苦悶に耐えるように体をこわばらせながらも、なんとかラウラの施術が終わった。


「うし、終了。おつかれさん。できればまた来週くらいにきてくれ」


「ま、まだあるの……?」


 ぐっと眉を寄せながらラウラが問いかける。マジかよ、そんなイヤか……。キースよ、俺との仲を心配するまでもなく、ラウラは俺にあまり好意的じゃないようだぞ。


「あ、ああ……。まぁ施術を受けたくないようなら、身体をこれまで以上に休めるように心がけてくれれば別にいいかな……?」


「ううん、別に施術がイヤってわけじゃない……。わかった、また来週またくる。イズミさん、今日はありがと」


 ぺこりと頭を下げたラウラが診察料を台の上に置いて足早に診療所から出ていった。ううむ、嫌われてるわけではなさそうなんだが、よくわからん。


 ラウラの後ろ姿を眺めていると、にゅっと足元に現れたヤクモからメッセージが届く。


『なんじゃ、ラウラとなにかあったのか、イズミ?』


『いや、特にないとは思うけど……。あっ、もしかすると、今日はキースがいないし、ラウラ一人で緊張したのかもしれない。キースがシスコンだし、いつもはべったりだからな』


『ほう、なるほど。たしかにそうかもしれぬな。なんじゃイズミ、お前冴えとるのう!』


『ふっふ、これでも人生経験を少しは積んでるからな。ああ、そうだとわかると一気にスッキリしたぜ。それじゃあ張り切って仕事を続けるか!』


『おう、しっかり働けよー!』


 こうしてヤクモの激励を受けた俺は、次の客が来るまで気分よく部屋の整理を始めたのだった。

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