284話 普通の魚

 俺たちはさっそく三人と一匹で川魚を食べることにした。味付けは塩のみだ。


 俺はグレイシルロスの口にぐっさりと突き刺さった串を手に持って、まずは背中の方からガブリといただく。


 あっさりとした白身にほんのりと塩のアクセントが効いている。もちろん不味くはない、不味くはないが――


「……うーん、思ったよりも普通の味だな。物足りないっていうか」


「そう? イズミンってば意外に繊細なんだねー。十分ウマイって」


 もっしゃもっしゃと魚を頬張りながらリエピーが言う。


「いやまあ美味いのは美味いんだけどさ。ガツンとくるものがないなーと思ってね」


「ふーん、普段もこの魚を食べてるあたしとしては、むしろ炭火と塩だけでよくぞこの味を引き出したなと感心しかないけどねー。イズミンやっぱ料理の腕ハンパねーわ。マジおいしーよ。おかわりもらうね?」


 そう言ったのは早くも一匹目を食べ終わり、二匹目に手を伸ばすマリナだ。


『ワシも美味いとは思うが、物足りないのは事実じゃなー。じゃがな、この辺がの魚の限界じゃろうて』


 そんな言葉とは裏腹に、ヤクモは皿ごと食べる勢いでガツガツと食っているけどな。


ってことは……そうか、魚の魔物もいるのか』


 エルフ村では近くの川で獲れる魚の塩焼きや煮付けなんかもごちそうしてもらったけれど、あれも普通の魚だった。そうなってくると魚の魔物に俄然がぜん興味が湧いてくる。


「なあマリナ。この町に魚の魔物を食べられる店ってあるのか?」


「魚の魔物? お高いレストランが仕入れてるって話はパパから聞いたことあるよ」


 お高いレストランか……。この町でそれっぽい店を外から眺めたことはあるんだけれど、入っていく客がピシッと正装に身を包んだりしていて、いかにも堅苦しそうだったんだよなあ。


 ああいう店には金があっても、あまり入りたいとは思わない。メシを食べるだけなのに疲れてしまいそうだからな。


 続いてリールエが魚の骨を炭火であぶりながら話し始めた。ちなみに焼いた骨もパリッとしていて美味いそうだ。


「この辺りには魚の魔物はめったに見ないからねー。ウチも森に流れてる川で見たことは一度もないし。……あー、そういや魚の魔物と言ったら、あの町が有名だよねー」


「あの町って?」


 俺の問いかけに二人の声がハモった。


「海洋都市サウロシアス」


 海洋都市サウロシアス――それは昨日、森の神に聞いた町の名前だ。二日連続でその名前を聞くことになるとはな。この辺よりランクが高い魔物がいるんだっけか。


 その時のことを思い返していると、リールエが骨をポリポリと食べながら言う。


「イズミン、サウロシアス知らねーの? サウロシアスは海辺にある都市でさ、川も近くのも通ってて、いろんな魚類がいるんだって。もちろん魔物もね。だから食通の人なんかはわざわざサウロシアスまで魚料理を食べに行くらしーよ。魚類が豊富に獲れるから、ここで食べるよりもずっと安いらしくてさー。……あー、ウチも一度でいいから彼ピと一緒にあの町に旅行に行きたいなー」


「つってもリエピーは、彼ピをゲットするところからっしょ」


「にひっ、そういうマリナだって、好きピはいるみたいだけど、彼ピどころか彼ピッピもまだ先かなー」


「ちょっ、そんなん知らんし! 好きピもいないってマジ!」


 なにやらギャルたちが謎の言葉でピッピピッピと言いあっている。その足元ではヤクモがヨダレを垂らしていた。


『じゅるり……の、のうイズミ……』


 俺はヤクモに頷いてみせる。


『ああ、みなまで言うな。どの道、ここではもう魔物も狩れなくなってきたし』


 山では乱獲するなと森の神に言われている。森にはクロールバードの他にめぼしい獲物はほとんどいない。


 そうなると、俺が取るべき道が見えてくるってもんだ。


 もうしばらくはのんびりしてもいいかもしれないけれど、狩れる獲物がいなくなってきた今が、拠点を変えるにはいい頃合だ。


 こういうことは勢いに任せたほうがいいだろう。


 ――俺は海洋都市サウロシアスに行くことに決めた。


 ただ、その前に一つだけ寄る場所もあるけどな。


 俺はキャッキャと騒ぐギャルたちを眺めながら、久々に向かうあの村に思いを馳せた。

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