285話 ライデルの町の後始末

 海洋都市サウロシアスに行って魔物魚を食う――そう決めてからの俺の行動は早かった。


 翌日になり、俺とヤクモはこのライデルの町を離れるという報告をするために冒険者ギルドへと向かった。


 別に報告の義務ではないのだけれど、冒険者はいつ死んでもおかしくない。俺がふらりといなくなったことで死亡説でも流れた日には、俺の数少ない知り合いも心配くらいはするだろうからな。



 ◇◇◇



 冒険者ギルドに入る。中に知り合いの冒険者でもいれば直接別れを伝えようとも思ったけれど、バジたちもマルレーンもコーネリアもいなかった、残念。


 仕方なく当初の目的どおり、受付嬢エマにこの町を離れることを伝えた。するとエマが少し戸惑ったように俺に問いかける。


「えっ、海洋都市サウロシアス……? あの町ってここよりもずっと強い魔物がいますし、結構危険な地域なんですけど。イズミさん大丈夫なんすか?」


「うん、まあなんとかなるかな」


 実際どれほどの強さの魔物なのかわからないけれど、森の女神もおすすめしていたし、なんとかなるのだろう、多分。


「……え、えと。わ、私としてはこの町で安全に過ごすのもありかなーなんて思うんすけど、いかがです? イズミさんならこの町で食いっぱぐれることはないでしょうし」


 言いにくそうに視線を泳がせながらエマが話すが、もちろん俺の意思は変わらない。魔物魚をめっちゃ食べたいのだ。もう口の中が魔物魚になっている。もちろんヤクモも。


「大丈夫だよ。サウロシアスでもやっていけるって」


「……そう、ですか……。いつもお気楽そうっすけど、やっぱイズミさんも冒険者なんですね……。はあ……」


 エマは俺を見つめて深いため息を吐いた後、テーブルの下から一枚の紙を取り出した。


「そういうことでしたら、私も応援させてもらいます。今からサウロシアスの冒険者ギルドあてに紹介状を書くっすから」


「紹介状?」


「はい。まあ中身は冒険者の略歴や特徴なんかを記載した書面っす。自分の得意な依頼やNG事項……好みの女性のタイプなんかを事前に伝えておくと、お互い仕事がしやすくなりますからね」


「んん? 得意依頼やNG事項はわかるんだけどさ、好みの女性のタイプってどういうこと?」


「そりゃあ、アレですよ。ああいう……」


 エマはそう言って、横にずらりと並ぶ受付カウンターで冒険者相手に接客をしている他の受付嬢の方々の様子をチラっと見る。


 まともに仕事をしている受付嬢もいるのだが、中には軽く手を握ったりするスキンシップや、わざと小物を落として屈んでは胸をチラ見せしたりしてるお姉さんもいる。


「アレサさんが結婚ってことで、さすがに今回は結構な数の冒険者が専属を鞍替えをするみたいです。それで今が収穫時とばかりに、我ら受付嬢もアピールに必死ってカンジでして。……私は興味ないっすけどね。まあそういうわけで、好みのタイプを言っておけば、向こうでいいコを見繕みつくろってくれると思いますよ……ケッ」


 やさぐれたようにエマが頬杖ほおづえをつく。好みのタイプかあ……。


「うーん、そうは言ってもさ、俺の好みのタイプってエマさんみたいな人だし。エマさんみたいな人ってなかなか出会えないと思うんだよなあ」


 肉食系でグイグイこられても困るのだ。塩対応でやらねばならないことだけはしっかりこなしてくれる受付嬢こそ、俺の好みのタイプである。


 俺の言葉にエマはハッと顔を上げた。


「えっ、ちょっ、そんな。だってもうイズミさんはサウロシアスに行くワケで――」


「ああ、残念だけどこればかりは仕方ないよ。だから紹介状はいらないから」


「えっ、あっあっあっ」


「それじゃ、またそのうちこの町にも来ることがあるだろうし、そのときはよろしく頼むよ」


「えっ、ちょっ、まっ、えええええ……!」


 今日はとても忙しい。エマがなにやら唸っているが、今生の別れというわけでもないし、湿っぽいのは嫌いだ。


 俺は軽やかに背中を向けると、さっさと冒険者ギルドを出ることにした。



 ◇◇◇



 冒険者ギルドの次は、ヤクモのいつもの用事で教会だ。


 教会で祈りを捧げつつ、主神様に報告を行うのだ。町を離れたりするときには、特に報告をしておかないと説教コースなのだという。


 今回も報告には小一時間ほどかかり、ぐったり疲れ果てているヤクモを伴って教会を出たところで念話が届いた。


『やあイズミ、ひさしぶり!』


『この声は……技能の神様ですか?』


『そうだよ! まったく君はやってくれたねえ?』


『へ? なにがです?』


 長くなりそうだ。俺は近くのベンチに座って技能の神の言葉を待つ。


『アレだよアレ。森の神への貢物! 昨日いきなり森の神がボクの自宅まで貢物を取りに押しかけてきてさ、すごく大変だったんだからね!』


 技能の神がマンガを読んで楽しんでいるところに、森の神が突然やってきて祭壇を漁る姿が容易に想像できた。というか神様にも自宅とかあるんだ……。


『きっとそのうちまた君におねだりしにくるよ? そのたびにボクの平穏が荒らされるんだ。ああ、かわいそうなボク……』


 きっと頭を抱えているのだろう、技能の神がため息まじりの声を漏らす。するとようやく少しは元気が戻ったらしいヤクモが言う。


『フン、それなら森の神の家にも祭壇を作ってやればよいではないか』


『ボクだってツクモガミにはそれなりの神力を注いでいるし、これ以上疲れることするのはイヤだよ。イズミの無痛レベルアップだって、残った神力をなんとか工面してやりくりしてるんだからねー? まったく軽々しく森の神に貢物をするのは止めてほしかったなあ!』


 元を正せば最初に貢物を求めたのは技能の神じゃんと思ったけれど、言ったところで仕方ないので黙っておく。それよりさっさと話を変えてやろう。


『まあまあそんなことより、新しいマンガはどうっすか? 最近ご無沙汰じゃないです?』


『むぐっ、そんなあからさまな話題変更に騙されないぞ……と言いたいところだけど、まあグチグチと文句を言うよりもそっちのほうが建設的だね。いいよ、話に乗ろう!』


 コロっと態度を変え、技能の神が言葉を続ける。


『いやあ、それにしてもこないだのマンガはとてもよかった! 人間ドラマやバトル描写もよかったけれど、特に作中に描かれているテーマについては、ボクとしてもいろいろと考えさせられるものがあったよ……! あれはたしかに名作だね!』


 大興奮の技能の神氏。前に渡したのはたしか……右手を謎の寄生生物に乗っ取られるマンガだったっけ。『地球とは――』『人間とは――』ってテーマだった気がするけど、神様が変にこじれたりしないだろうな……。


『それじゃ今回、イズミのオススメはなにかな?』


『うーん、そうっすねー。それじゃあ――』


 前回は最終的にテーマが重かったようなので、今回は夢のあるマンガにしよう。俺は猫型ロボットの超名作をオススメしてみた。


『ふーむ、これって子供向けマンガじゃないのかい?』


『そういうわけでもないです。俺の世界じゃ老若男女すべてに愛されている世界的名作っすよ』


『そこまでなのかい? すごいね! それじゃあさっそく読ませてもらおうかな。すぐに祭壇の方に送っておいてね。無痛の加護も届けておくから――』


 そう言って技能の神の気配が消えていった。


『――むっ、早くも加護が届いたようじゃぞ。まったく、いつもながら忙しないヤツじゃなあ……』


 さすが技能の神、仕事が早い。俺はツクモガミで習得スキルをざっと眺める。


 今すぐレベルアップしたいものがなければ、キープしておくというのもアリだと思う。従魔のレベルアップは大変だったしな。うーん――


習得スキル一覧

《戦闘スキル》


【棒術】【剣術】【短剣術】【大剣術】【斧術】【槍術】【格闘術】【投てき術】【サイドワインダー】【弓術】【イーグルショット】


《魔法スキル》


【ヒール+1】【キュア+1】【クリーン】【アクア】【ウィンドカッター】【マジックミサイル】【ファイアボール】【警戒結界】【フロート】【アイスアロー】【ライト】【グロウ】【ストーンウォール】


《特殊スキル》


【獣魔+1】【剛力】【俊足】【跳躍】【回避+1】【騎乗】【縄抜け】【夜目】【壁抜け+1】【粘り腰】【指圧】【釣り】【遠目】【解体】【料理+1】【裁縫】【掃除】【洗濯】【木登り】【軽業】【歌唱】【踊り】【山菜採り】【薬師】【聴覚強化】【危険感知】【気配感知】【空間感知】【罠感知】【罠解除】【気配遮断】【魔力視】【空間収納】【MP回復量上昇+1】【火耐性】【毒耐性】【毒無効】


《加護》


【森の神の加護】


 ――ああ、ひとつ明日から役立ちそうなのがあるな。これにするか。


 俺はポチッとスキルを選んだ。



 ◇◇◇



 いろんな雑用を済ませた翌日。俺は長い間世話になった祝福亭から外に出た。俺の隣にはマリナがいる。店の外まで見送ってくれるそうだ。


「……ねえイズミン、もうこの町にはこないん?」


 どこか寂しそうに尋ねるマリナ。出会った直後が最悪だったことを考えると、よくここまで盛り返したなと感慨深い。


「いや、また来るよ」


 ルーニーに魔物を売りにくるかもしれないしな。ちなみに面倒に巻き込まれそうなので、ルーニーには旅立ちを報告していない。この選択は絶対に正しい。


「そ、そっか。それならいいんだけど。じゃあね、イズミン、ヤクモちゃん」


 マリナは口をもごもごとさせながら、一歩後ろに下がって手を振る。


「ああ、またな」

「ンニャンニャ」


 俺も軽く手を振りヤクモは尻尾を振ってそれに答える。


 あっさりした別れだけど、こういうのでいいだろう。俺たちはライデルの町の門に向かって歩き出した。


 こうして俺の長いライデルの町での生活が終わったのだった。

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