114話 ロックウルフ

 ドルフがやってきた方向に走っていくと、すぐに犬のような唸り声と人の荒い呼吸音が【聴覚強化】を通じて俺の耳に届いてきた。


 少し先に進むと、ゴツゴツとした岩山が立ち並ぶ荒野、その月明かりの下でナッシュと彼を取り囲む十頭あまりの狼の姿が視界に入り、俺はその場で立ち止まる。


 あの灰色の毛並みの狼がロックウルフなのだろう。前足に太く鋭い爪を持ち、それで地面や岩を掘り進み地下に大きな巣を作る――そんなモグラみたいな魔物だと、先日の見張りの際にナッシュから聞いたばかりだ。


 巣穴を刺激すると中からロックウルフの大家族が襲いかかってくるので、不用心に巣穴には近づくなという話だったが、まさかそれをやっちゃうヤツがいたとはな。もしかしたらドルフも馬車から俺たちの話を聞いていたのかもしれない。


 すでに戦闘は始まっているようで、ナッシュの足元には二匹のロックウルフの死体が転がり、ナッシュも太ももの辺りから血を流している。


 周囲のロックウルフはじりじりと距離を詰め、今も背後の一匹がナッシュに襲いかかろうと腰を低く落とした。


 俺はその一匹に向かって矢を放つ――命中だ。狙い通りに喉元に矢が刺さったロックウルフはギャンと悲鳴を上げて、その場でのたうち回った。


 不意打ちができる間に数を減らそう。俺はまだ状況を掴めていない無防備なロックウルフたちの喉元に次々と矢を撃ち込み、ナッシュへの包囲網を崩す。


「ナッシュさん!」


 俺の声にこちらを振り返ったナッシュは、すぐさま包囲網の隙間を抜けてこちらに走り込んできた。追いかけようとしたロックウルフのうち一頭の喉を俺が射抜くと、連中は怯んだように足を止める。


「イズミか、助かった!」


「遅いから探しにきましたよ。ドルフは途中で見つけたんで、縄で縛ってきました」


「そうか、よくやった! 後は……こいつらをどうにかすればいいんだが……」


 再び後ろに振り返りながらナッシュが声を漏らす。もちろんロックウルフはまだナッシュを諦めてはいない。こちらにじりじりと近づきながら、距離を詰めようとしている。


「グルルルル……グオオン!」


 吠え声を上げた一匹が、覚悟を決めたように突っ込んできた。俺はそれに合わせて矢を放つ――が肩の辺りに当たったものの矢は刺さらず、ロックウルフはよろけながらもそのまま飛びかかってきた。


 それをナッシュが剣を振り下ろして打ち払う。ロックウルフは地面に叩きつけられてそのままピクリとも動かなくなった。


「こいつらの表面の皮膚は硬い。柔らかな胸の辺りを狙え」


「了解っす!」


 最初の一匹を皮切りに次々と襲いかかってきたロックウルフの首元から胸を狙い、俺は矢を撃ちまくる。


 たしかに胸の付近は柔らかいようだ。矢が深く突き刺さりロックウルフが地面に転がっていく。最初に喉元を狙っていてよかった。当たりやすい胴体を狙っていたら奇襲は失敗していたかも。


 少しヒヤリとしながらも迎撃を続ける。いくつか取りこぼしたものはナッシュが一刀の元に斬り伏せていった。俺たちの反撃に、再び足を止めたロックウルフを睨みながらナッシュが呟く。


「それにしても大した腕前だな……。弓の方が得意というのは本当だったのか」


「なんだと思ってたんすか?」


「棒術だけじゃないぞと見栄を張ってるのかと思ってたよ」


「酷い……。それよりこいつら、どうします? まだ巣から出てきてますけど」


 もう最初にナッシュを囲んでいた連中は倒したように思える。しかしまだ遠くに見える巣からは、ロックウルフが次から次へと這い出してきている。


「複数の群れで共有している巣なのかもな……。そういうのもあると聞いたことがある。それでもそろそろ打ち止めだとは思うが、アレサたちの場所まで連れていくわけにはいかない。このままここで食い止めようと思うんだが……イズミ、手伝ってくれるか?」


「元からそのつもりですよ」


「そうか……。よし、やるぞ……!」


 ナッシュはニヤリと口の端を吊り上げた。だがロックウルフにやられたと思われる太ももの傷がなんとも痛々しい。俺はナッシュの太ももにそっとヒールをかけてやった。


「イズミ、ヒールも使えるのか……? その……す、すまないな」


 どこか恥ずかしそうに口を開くナッシュ。気持ちはわかるよ。だって……ナッシュは上半身はシャツ一枚で、下はパンツ一丁だもんな。アレサとかなり盛り上がっていたところでドルフに逃げられたんだと思われる。


 俺はなんとも残念な気分になりながらも、ロックウルフの群れに向かって再び弓を構えた。

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