182話 コーネリア

 ライデルの町に向かう無精髭男を見送った後、馬上の赤革鎧女が俺の方へと振り返った。


「さて、坊や。自己紹介はまだだったね。あたしの名前はコーネリア。ナッシュ率いる『暁の光』の紅一点さ。って、もうそんな歳でもないんだけどね、ははっ」


 肩をすくめてコーネリアが笑う。


 そんなコーネリアの見た目は三十歳手前くらいだろうか。まさに女戦士といった引き締まった肉体と、背中まで無造作に伸ばした金髪が似合う凛々しい顔つきの美人である。まだまだ全然イケると思う。


「あんたキュアが使えるってことは、ジョブは治癒師かなにかなのかい? あたしは見てのとおり戦士なんだけどね」


 コーネリアが引き締まった二の腕にむんと力を入れ、見事な力こぶを出しながら尋ねる。


「いえ、俺のジョブは従魔使いで、こっちが従魔のヤクモです」


「ニャン」


 足元のヤクモが鳴いて挨拶をすると、そこで初めてヤクモに気づいたようにコーネリアが目を丸くした。


「おやまあ、これはまたかわいい従魔だこと。……だけどなんといってもナッシュのお気に入りだからね。このコにもどんな牙があるのかわかったもんじゃないねえ……」


 顎に手を添え、意味深に口の端を吊り上げるコーネリア。だが残念なことに、ヤクモの歯は飯を食べる以外には役に立たないんですけどね。


「まっ、後は集落に向かいながら、おいおい話そうか。ほら、お乗りよ」


 どうやら馬に乗せていってくれるらしい。俺はヤクモを首に巻いて、馬上から差し出されたコーネリアの手を握る。


 思ったとおりのゴツゴツとした手に力強く引っ張られ、俺はあっという間に馬上の人となった。


「へえ、乗り方もさまになってるじゃないか。それじゃしっかり掴まってるんだよ」


「はい」


 俺は革鎧で包まれた腰を両手でがっしりと掴む。機動性重視なのだろう、柔らかな革鎧に包まれた腰回りは意外なほど女性らしい弾力を返してきた。


 役得だなあと思わなくもないが、ナッシュの容態が気になるところでもある。俺は若干後ろめたい気分になりながら、馬に揺られてナッシュのいるという集落へ向かって進んでいった。



 ◇◇◇



 コーネリアと馬上で雑談しながら、俺は彼女のスキルをチェックすることにした。まずは《身体スキル》からだ。


【大剣術】【格闘術】


 ふーむ、大剣は使う予定はないけれど、格闘術というのはいいね。とっさの状況になったとき、素手でも対応できそうだ。


 とりあえず両方をポチッと習得する。両方合わせて50☆。なにせスキルポイントは2000☆ほどあるからな。まったく余裕だぜ。


《精神スキル》の方はなにもなかった。《特殊スキルは》というと――


【剛力】【釣り】【女好き】


【剛力】は取得済。【釣り】はそのまま釣りが得意になるスキルなんだそうだ。そして気になるのは【女好き】だろう。


 ヤクモが言うには、こちらもそのまま名前通りに女が好きになるというスキルらしい。まあスキルというか性癖だと思うけど、エマのように【男嫌い】があるならば【女好き】もあるということなんだろう。


 これほどの美人だし、男二人に女一人のパーティなら男女間の揉め事の一つや二つも起こりそうなもんだが、【女好き】ならそんな心配もなさそうだ。


 案外このスキルこそが、『暁の光』をC級まで出世させた陰の立役者なのかもしれない。もちろん俺は習得するつもりはないけどな。


 とりあえず【釣り】は覚えておくことにしよう。そうしてスキル習得の衝撃に俺が再び身体を震わせていると、前のコーネリアがこっちを向いてじろりと俺を睨んだ。


「さっきから一体なんだい? あたしを誘っているつもりなら、悪いけどあたしにはそんな気はないからね?」


「あっ、いえ。お気になさらず」


「……身体をまさぐっておきながら、そう返せるだなんて、なかなか図太い神経してるじゃないか」


 呆れたようにコーネリアがため息を吐く。どうやらスキルを覚えて俺が震えていたのが気に障ったらしい。たしかに腰を持って手をぶるぶる震わせるとか半分セクハラだった。


「すいません、ちょっと詳しくはいえないんですが……その、魔法の訓練的なことを……」


「……ふーん、まあいいさ。鼻の下を伸ばしていたら拳骨の一つでも落としてやろうと思っていたけど、そういうのじゃなさそうだしね」


 そう言ってあっさり前を向き直るコーネリア。どうやら彼女はかなり男前な性格のようだ。とりあえず拳骨を回避できたことに、俺は胸を撫で下ろした。

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