181話 荒野の二人
「おーい、ちょっとー!」
二人の名前までは知らない。俺は狐になったヤクモと一緒に走りながら、とりあえず大声で呼びかけた。
すぐに俺に気づいた馬上の二人は、顔を見合わせて食事を中断すると、馬をゆっくりとこちらに近づけてきた。
「あ、あの、お二人はナッシュさんのパーティの人たちですよね」
「……そうだけど、あんたは誰なんだい?」
ずいぶん離れた位置で馬を止めた赤い革鎧の女が、馬上から訝しげに俺を見下ろす。どうやら警戒されているようだ。
「えっと、俺はイズミっていいます。ナッシュさんの知り合いで――」
「ああ! 一度見たことあるねえ。ナッシュのお気に入りの新人のコだろう?」
俺の言葉を遮り、赤革鎧女がマジマジと俺を見つめた。
「たぶん……それ、かな?」
お気に入りかどうかは知らないけどな。ある日町中でクエストに行く途中のナッシュたちとばったり出会い、軽く挨拶を交わしたときに居合わせたくらいで、お互いに自己紹介などはやっていない。
しかしどうやらナッシュは俺のことを少しは話していたらしく、それが記憶の片隅に残っていたようだ。
それで安心したのか、表情を
「それでイズミ……。あんた、どうしてこんなところにいるんだい?」
俺もあんたらに同じ事を聞きたいよと言いたいところだが、向こうの方がセンパイだからな。ここは大人しく答えよう。
「えっと、ナッシュさんの帰りが遅いので、ちょっと別の依頼がてら様子を見に行こうかと思いまして……」
そう答えると、これまでだんまりだった地味コートの無精髭男が呟く。
「……へえ、ナッシュを探しにきたってわけか」
「まあそういう感じなんですけど……。それで、そのナッシュさんは?」
俺の問いかけに馬上の二人は顔をこわばらせる。一瞬の静寂の後、無精髭男がゆっくり吐き出すように答えた。
「……ナッシュはバジリスクの討伐中、ヤツの毒を食らっちまってな。それで近くの集落に置いてきた」
「えっ、置いてきたって!? それって――」
「お前の言いたいことはわかるが、少し落ち着け」
無精髭男は鞄に手を入れると、中から缶コーヒーのロング缶くらいの白くところどころ黄ばんだ円錐状の物を取り出した。尖った骨……牙か?
「これはバジリスクの牙だ。俺たちはヤツとやり合ってこれを一本をへし折るのがせいぜいだったんだが、それと引き換えにナッシュがやられちまった。今はまだ解毒もままならねえ。ヘタに動かすのも危ねえ状態だ」
無精髭男はぐっと眉間に皺を寄せながら言葉を続ける。
「……そこでナッシュが以前、毒の成分がわかればルーニー先生なら解毒薬が作れるって話をしていたのを思い出してな。ナッシュの世話は集落の住民に任せて、俺たちはルーニー先生に毒のこびり付いたこの牙を届けに行く最中ってわけだ」
そう言って無精髭男は大事そうに牙をしまいなおした。どうやらナッシュを見捨てたわけではないようなのでホッとはしたが、予断を許さない状況のようだ。
「状況はわかりました。……あの、俺、キュアが使えるんですけど、それでなんとかならないでしょうか」
俺の言葉に赤革鎧女が眉をピクリと動かす。
「へえ、キュアか……。あたしらも一応、解毒薬は持ってきていたんだが、薬が合わないのかほとんど効果がでなくてね……。魔法なら……試してみる価値はあるかもしれないねえ。イズミあんた、ナッシュのところに行ってもらえるかい?」
「ええ、もちろん」
「そうかい、よし、わかった。そういうことなら、あたしが集落に案内してやるよ。だが治るとは限らないからギニル、あんたは一人で予定通り町に向かってくれるかい?」
「それは構わんが……。この小僧、本当にキュアなんて使えるのか? かなり徳を積んだ高僧でないと使えないと聞くぞ?」
酒飲みの必須魔法くらいにしか思ってなかったのに、そこそこレアな魔法なのかよ。まあレクタ村の親父さんもまだ使えなくて修行中とは言ってはいたけど。
「ええと、信じてもらえないようなら、なにかで試してみても――」
「いやいいよ」
赤革鎧女が俺に近づき馬上から俺の頭をポンと叩く。
「あのナッシュのお気に入りなんだ。アイツが口が達者なだけのガキに惚れ込むわけもないだろ?」
「……それもそうか。疑って悪かったな坊主」
無精髭男が頭をかきながら俺に申し訳無さそうな苦笑を返した。
とりあえず信じてもらえたようだ。心もイケメンなナッシュはどうやら仲間からの信頼度も高いらしい。
「それじゃあたしはこのコと一緒に集落に戻るよ。あんたはルーニー先生に解毒薬を作ってもらったら、なるべく早く戻ってきてくれおくれよ」
「ああ、わかった。それじゃあもう行くぞ」
馬の腹をポンと足で蹴り、無精髭男はライデルの町の方へと走っていった。
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