180話 酔っぱらいの夜

「はあ、今日はかなり酒が進んだな~」


 俺は独り言のように呟きながらテーブルの上の鍋やら缶ビールやらをストレージに収納する。本来なら軽く水で流し、それからクリーンで洗浄して収納するんだが、面倒だから明日にしてしまおう。


「まったく、酔いすぎじゃろが。キュアでもかけといたほうがいいんじゃないかのう?」


 その声に顔を向けると、ヤクモが呆れたように目を細めながら俺を見ていた。まあ気持ちはわからんでもないが、キュアを使うと酔いまで覚めてしまうからなあ。


「せっかくいい気分だし、今夜はこのまま寝るよ。もちろん【警戒結界】はやっておくから安心してくれ」


 テントに向かって歩きながら【警戒結界】を念じると、身体から出た魔力がふわっと拡散し、遠い場所にぴたりと固定したように感じた。初めて使ったけれど、これが【警戒結界】の感覚か。


 ヤクモが直径50メートルの結界だと言っていたが、今はたしかにそのくらいの広さ。そして意識して使えばもう少し広くも狭くもできそうだ。


 とにかくセキュリティ対策はこれで万全だろう。酔っ払ってはいるけれど、さすがにこれだけはやっとかないとな。


 ……そういえば、これって何かが侵入してきたらどうやって知らせてくれるんだ?


 そんな疑問が湧いてきたのだが、まあいつか何かが引っかかった時にわかることだろう。俺は考えるのを止めると自分とヤクモにクリーンをかけ、テントの中へもそもそと入っていった。


 そしてテントの中に置いたままだった掛け布団をひったくるように拾い上げ、それを肩に巻きつけて寝転んだ。


 せっかくの野営、ゆったりと風呂にも入りたいと食事前は思っていたのだが、今はさすがに睡眠欲が勝った。


「おやすみヤクモー」


「酒くっさいのじゃ!」


 狐姿になったヤクモが扇ぐように尻尾をパタパタと動かし、俺に尻を向けて丸くなったところで俺の意識はあっさり途絶えた。



 ◇◇◇



 ギュイイイイイイイイイイイイイイイイインッッ!!!!


「あびゃっ!? なっ、何事っ!?」


 まるで耳の穴に歯医者で使うドリルを突っ込まれたような音が聞こえ、俺は飛び起きた。そして起きた瞬間にドリルの音が止んだ。


 ……あっ、あー、そうか。これが警戒結界か……。自分のスキルだからか、そのことはすぐに理解できた。どうやらなにかが俺の結界に触れたらしい。


 まだ心臓のバクバクが止まらないが、すぐにテントのファスナーを上げて外を覗き見る。空はすでに白み始めていて、早朝といった様相だ。


 すっかり目が覚めたというのに、頭がどこかまだボンヤリとしている気がする。どうやら睡眠が足りてなくて酒が抜けきれてないようだ。二日酔いってレベルじゃないんだけどな。


 とりあえず俺は自分にキュアをかけると、あっと言う間にボンヤリした気分が抜けていった。さようならほろ酔いの俺。


 気分がスッキリしたところで、俺は足元で丸まっているヤクモを揺する。


「おい、ヤクモ。どうやらお客さんがきたみたいだぞ」


「……んにゃ? 朝礼にはまだ早いじゃろ……」


 まだ寝ぼけているヤクモを放置して、俺は【空間感知】を意識する。


 これは頭の中に索敵レーダーができたように周辺の感知ができるスキルなわけだが、シグナ湿地帯のある方角からこちらの方角に向かってゆっくりと進んでいる二つの存在を感知した。


 とにかく外に出てテントを片付けよう。俺はようやく目覚めたらしいヤクモと一緒にテントから外に這い出た。


「ふぎー! 硬いのじゃ!」


 俺がテントを固定しているペグを抜いて回っていると、人型のヤクモが顔を真っ赤にしながら最初から手をつけていたペグをようやく一本抜いた。最後の一本である。


 そして俺はペグの抜けきったテントをストレージに収納。これで周辺にはなにもない。


 俺とヤクモは近くの大岩に姿を潜め、反応のあった方角を覗き見る。そこには男女のペアがそれぞれ馬にまたがりながら移動している姿があった。


 特に俺を探しているような様子はない。どうやらたまたま彼らの通り道に俺の【警戒結界】が引っかかったようだ。


 俺にまったく気づく素振りも見せず、二人は馬なりの速度で進んでいる。二人とも食事中のようで片手にパン、もう片方には水が入ってるであろう革袋を持っていた。


 うん……? あの男女、どちらも疲れ果てたような表情だが、どこかで見覚えがあるような……。


 無精髭で地味なマントを羽織った男と、赤く染まった派手な革鎧を着た長身で筋肉質の女。んー、どこで見たっけか……。


 ――あっ、ああ! アレはナッシュの三人組パーティ『暁の光』の二人だ! ようやくライデルの町に帰還するのか? でもナッシュの姿が見えないのはどういうことだ?


 いや、考えるよりも聞いたほうが早いだろう。俺はすぐさま二人に向かって駆け出した。

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