179話 鍋と豆腐
鍋の中身は前回と同じ白菜やカタンプ茸、クロールバードの肉の他に、前回は見当たらなかったフリーズドライ製法で作られた豆腐を発見したので、それも入れてみることにした。
ちなみに価格は450G。実はこの時一緒に常温保存が可能だという高級豆腐も発見したのだが、2500Gもしたのでこちらは見なかったことにした。
フリーズドライの豆腐は、本来みそ汁に入れるような小さなものではあったけれど、それでもやはり豆腐が存在すると一気に鍋料理っぽさが増したように見える。やっぱり鍋には豆腐を入れないとな。
ぷかぷか浮かぶ豆腐を眺めていると、鼻を鳴らしながらヤクモがテーブルまで近づいてきた。
「ふんふん、今夜は鍋料理か。鍋ならウンドも入れるのじゃろ? アレなら今のワシでも食べられるぞい。柔らかいしちゅるちゅる吸えるからなー」
「もちろん入れるぞ。ほれ」
俺が鍋にうどんを投げ入れると、ヤクモは上機嫌に体を揺らしながら椅子に座り、いつでもメシが食えるように体勢を整えた。
それから数分後。そろそろ出来上がりといったところだろうか。ヤクモがソワソワとしながら、口元からたらりとヨダレを垂らした。
「ふはー……。なんだか鍋の美味そうな匂いを嗅いでいたら、食欲が戻ってきたような気がするのじゃ。イズミ、やっぱりワシ、ご飯も食べるぞい。いっぱい盛ってくれい!」
テーブルのお椀を手に持ち、こちらにずいっと差し出すヤクモ。ライスクッカーで蒸らしていた白米はそろそろ食えるだろうが……。
「飯はまだだ」
ヤクモに差し出されたお椀をスッと押し返すと、ヤクモは口をへの字にしながら俺をじろっと見つめた。
「なんじゃい、さっきワシがご飯はいらん言うたから、そんないじわるを言うのか? 少し大人げないではないか」
「アホか、違うっての。今回、飯は後で食べるんだよ。まあ今は鍋を食っとけ」
「そうなのか? よくわからんがとりあえずは承知したのじゃ。それじゃあさっそく鍋をいただくぞい!」
ヤクモは鍋を覗き込むと、さっそく何から食べるか迷うように箸をうろうろと動かし始める。そして箸は豆腐の前でぴたりと止まった。
「なあ、さっきから気になっとったんじゃが、この白い四角いのは一体何なのじゃ?」
「これは豆腐だ」
「トーフ?」
「ああ、大豆を加工した汁を固めて作った食べ物だよ。詳しくは知らないけどな。まあ食ってみろ」
「うむっ! ……むむっ、箸ではすくえんのじゃ。おたまで取ってくれい」
「あいよ」
俺がおたまで三つほど豆腐をすくってお椀に入れてやると、ヤクモはそれを再び箸でつかもうとして失敗。最終的には諦めて、そのままお椀に口をつけてかき込んだ。
ヤクモは口をモニュモニュと動かすと、視線を明後日の方に逸しながら首を傾げた。
「ふーむ? 噛もうとするとあっという間に砕けるのじゃ。それに味がないのに味があるというか。不思議な食感や味を楽しむ料理なのかの?」
「さあ……美容と健康に良いから食べる人もいたけどな。言われてみりゃ俺も豆腐が特に好きというわけでもないんだけど、鍋にはこれを入れないとやっぱり物足りないんだよ」
鍋には豆腐というのは、もう俺の頭の中に刷り込まれているのかもしれない。
「ふーむ、結局よくわからんなトーフ……。まあトーフはもういいのじゃ。それよりもウンドじゃウンド!」
ヤクモがうどんをお椀に入れると、美味そうにちゅるちゅると食べ始めた。すっかり食欲不振は治ったようでなによりだ。
――って、俺も見てばっかりじゃなくて食わないとな。俺は鍋を物色すると、すっかり良い色に煮えたクロールバードの肉目掛けて箸を差し込んだ。
◇◇◇
最初に入れた具材はほとんど無くなった。缶ビールも二本飲み、いい感じに酔ってきたし、そろそろ鍋も終盤といったところだ。ヤクモが物足りなさそうに眉を下げながら鍋を見つめる。
「なあイズミ、今日は少し鍋の量が少なくなかったか? ワシ、少し食い足りないんじゃが」
「ああ、心配するな。これから最後の料理があるから」
俺は三本目の缶ビールを一口飲むと、近くに置かれたライスクッカーの蓋を開けた。ヤクモが呆れたような顔を浮かべる。
「なんじゃ。ワシもすっかり忘れとったが、お前もご飯を食うのを忘れておったのか? じゃがなあ、ほとんど鍋も食い尽くしたし汁しか残ってないではないか……。やはりご飯はカレーなり牛丼なり、なんらかのお供があってこそじゃと思うんじゃよ。イズミ、ワシはしゃけふれーくを所望するのじゃ」
白米について語るとは、コイツも
「違うっての。これは鍋に入れるんだよ」
俺は鍋に白米を投入し、さらに卵を二つ投入。しばらくかき混ぜると鍋に蓋をした。今回のメイン料理といえる雑炊である。
もともとは体調不良のヤクモに食いやすい食べ物と思ったんだが、結局ヤクモの食欲は戻ってきてるし、あんまり意味はなかったんだけどな。まあ俺も食いたかったからいいけど。
「な、なんと! 残り汁も食べるのか!? お前のおった国は物に溢れ、飽食な印象があったんじゃが、そういう料理もあるんじゃのう……」
感心したように腕を組みながら頷くヤクモ。いや、そういうもったいない精神から生まれた料理じゃない……はず? だよな?
それからしばらく鍋を煮込み、再び蓋を開けた。湯気がふわりと立ち昇り、さっきまでよりさらに濃厚な出汁の匂いが一気に辺りに漂う。
「おおっ、これは美味そうなのじゃ! はよう! イズミはよう!」
「はいはい、ちょっと待ってな」
俺は雑炊をお椀によそい、さらに追加で購入した焼き海苔を揉んで砕いたものを雑炊にかけてやる。
お椀を手に取ったヤクモはさっそく箸で雑炊を口の中へとかき込んだ。
「はふっ、はふはふっ……! なんと、鍋の中にあった出汁がぜーんぶご飯に染み渡っておるのじゃ! まさに鍋の集大成とも言える料理じゃの! しかもあっさりとしとるし、食いやすいのう!」
「そうだろう、そうだろう」
俺はヤクモの様子に満足げに頷き、ヤクモと同じように雑炊を口の中へとガツガツかき込んでいく。
んんっ、美味い! やはり魔物肉クロールバードの影響が大きいのだろうか、あれから滲み出たと思われる深みのある味わいが口の中を幸せにしてくれた。
やっぱり鍋のシメは雑炊だよなー。ついでに酒にも合う。最高だよ。
俺はストレージから安い日本酒を取り出すと、さっそくそれをぐびりとひと飲みした。
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