178話 二人キャンプ

「ひいひい……。さすがに疲れたのじゃ……」


 人型に戻ったヤクモは近くの木に向かってふらふらと歩くと、べったりと座り込んで木の幹にもたれ掛かった。


 普段なら俺の作業を手伝おうと、俺の周辺をウロウロとさまよい歩くヤクモだが、さすがに今はそんな元気はないらしい。


 俺はストレージからテーブルを取り出し、その上にLEDランタンを置いてスイッチをオン。夕暮れ時の平原に科学の明かりが広がりを見せた。


 今夜の野営は焚き火はナシだ。前の世界では「キャンプといえば焚き火」だという焚き火マニアの方々もいたようだし、焚き火の魅力はわからんでもない。


 しかしさすがに俺も半日自転車こぎっぱなしで体力はともかく、精神的に疲れたからな。ヤクモと二人だけならこれだけで十分だろう――


 というか、いまさら気づいたんだが、ヤクモと二人だけの野営ってこれが初めてなのか。今夜は誰の目も気にすることなくツクモガミもストレージもスキルも使えそうだ。


 俺は開放感に包まれたような、どこか気が抜けたような、そんな気分になりながらテーブル周りの準備を終えると、その近くにテントを張りながらヤクモに尋ねた。


「なあヤクモー、この調子なら後どれくらいでシグナ湿地帯に着きそうだ?」


「んー? そうじゃなあ……。明日の今頃には着いてるじゃろうなあ」


 ちなみにこのヤクモ、さすがに俺よりは地理がわかるらしく、ナビとしては意外と優秀だった。


「そうか、まあ暗くなってから湿地帯に入っていくのも危険だし、明日はその手前くらいでキャンプするかね」


「それがよいじゃろうなー」


 ぐったりと背中を木に預けたまま、ヤクモが答える。うーん、コイツかなり疲れてそうだな。


 ヤクモの様子を横目に見ながらキャンプの設営が終わった俺は、次に晩飯の準備を始めることにした。


 まずはマルレーンの影響でさすがに買い貯めが尽きた米をポチッと購入し、さっそくライスクッカーで炊飯を始める。


「なんじゃ今晩も米なのか? たしかに米はうまいのじゃが、こうも頻繁となると、他の食べ物が恋しくなるのう……。今夜は別のもんにしてみんか?」


「米って飽きるもんでもないだろ。そもそも俺のいた国では、米は主食で毎日食ってたもんだったんだぞ」


「ほーん、そういうもんなのか……。でもワシ、今は食欲もあんまりないから少しでええからの? アレは腹にがっつりとくるゆえのう」


「あいよ。まあ今回は米を使って疲れてても食いやすい晩飯にするつもりだけどな」


「……なんじゃと? ワシはもうすでに米料理はカレーも牛丼もおにぎりも知っとるぞ。もしかして他にもあるというのか? それは一体なんという料理なんじゃ?」


 疲れた顔を引っ込めて、キラリと目を光らせながらヤクモが俺に問いかけた。だがもちろん答えるつもりはない。


「まあそれは、作ってからのお楽しみってな」


「なんじゃいなんじゃーい! いつももったいぶりおってからに」


 口を尖らせるヤクモを無視し、俺は次に鍋を取り出した。今夜は鍋料理だ。スープは……あっさり風味の方がいいな。


 俺は焼きあごだしの鍋つゆを選択。今回は最初からスープ状になってるものじゃなく、鍋に投入するキューブタイプのものだ。


 少人数の鍋ならこっちの方が調整しやすいからな。それに値段も安かった。三人前の六個入りで320Gだ。


 たまに思うのだけど、スーパーでこの価格で売ってるのならわかるのだが、フリマで低価格商品をこまめに売ってる人って、ちゃんと儲けが出てるのかね。さすがに赤字ではないと思うが……。


 そんな些細な疑問を思い浮かべつつ、俺はぐつぐつと煮えたぎってる湯の中にポチャンとあごだしキューブを投入した。


 すぐにあごだしの上品で豊かな香りが辺り一面に広がっていき、ヤクモが鼻をピクピクさせているのが俺の視界の端に映った。

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