177話 サイクリング

 ママチャリで平原を走り始めた俺は、まずは乗り心地を確かめるべく、近所のコンビニに出かけるようなスピードでペダルを漕ぎ始めた。


 ところどころ草の剥げた平原を真っ直ぐ駆け抜けてみると、ボコボコと荒れた地面のせいで自転車が小刻みに揺れる。やはり舗装された道路と同じというわけにはいかないようだが、操縦がおぼつかないほどではない。


 気をつけなければならないのは地面のデコボコよりも、辺りに転がっている石や枝だろう。尖った部分を踏んだらママチャリの安っぽいタイヤなんて、あっさりとパンクしそうな気がするからな。


 そうして少しの間、久しぶりの自転車に懐かしさを感じながら慣らし運転をしていると、スキルで強化された聴覚が後方から微かな音を拾った。


 町の方を振り返ると、俺たちが通り抜けた西門から馬車が出てきているのが【遠目】で確認できた。


 かなり離れているし、向こうからはまだ見られてはいないだろうが、このままだと追いつかれてしまうかもしれない。そろそろ本気で漕ぐ必要がありそうだな。


「ヤクモ。しっかり掴まってろよ?」


「ん? わかったのじゃ?」


「ようし、いくぞー」


 俺は足に思いっきり力を入れて自転車のペダルを踏み込んだ。


 途端に手に持つハンドルの振動が増し、細いタイヤが地面を滑るような感覚がした。だが同時に【騎乗】スキルの発動を感じる。どうやら【騎乗】は自転車でも効果があるようだ。


 俺は小刻みにハンドルを動かし、タイヤが地面に取られないようにさせながら平原をかなりのスピードで進んでいく。これなら馬なりで走らせる馬車よりも断然早い。


 前カゴのヤクモが振動に声を震わせながらこっちを振り返った。


「あばばっ、イズミ、めちゃ揺れるのじゃ!」


「黙ってたほうがいい。舌噛むぞ?」


「わかっ――ひゃぐっ! ぐおぉ……もう噛んだのじゃ……」


 片手で口を押さえたヤクモから視線を外して前を見る。シグナ湿地帯には、しばらくこのまま真っ直ぐ進めばいいはずだ。


 俺はひたすら自転車のペダルを漕ぎ続けた。



 ◇◇◇



 まったく景色の変わらない平原を一時間ほど駆け抜けただろうか。荒れた大地を自転車で進むのは結構体力がいるようで、早くも太ももの辺りがダルくなってきた。


 こういう時のために持ってきたのが、ルーニーにもらったスタミナポーションだ。


 俺は自転車のスピードを緩めると、ストレージから出したスタミナポーションの蓋を開け、中身を一気に飲み干した。途端に口内から喉に滑り落ちる刺激的な味――


「うげっ! ごほっごほっ!」


 レモンの果汁をそのまま煮詰めたような酸味しか感じない。ルーニーはよくこんなのを平気で飲んでたな……。


 だが、飲み終わった直後、体の疲れがスーッと無くなっていくのを感じた。


「おお、すげえ。体力が……戻っている?」


 ダルかった太ももがまるで自転車に乗る前に戻ったかのように回復している。疲労を回復させるだなんてどういう理屈なのかはわからないが、傷を治すヒールだってあるんだ。魔法のある世界で深く考えるのはよそう。


 俺は再び強くペダルを踏み込み、シグナ湿地帯を目指して進み続けた。


 しかしそれからしばらくすると、なるべく注意していたというのにうっかり尖った石を踏んでしまい、タイヤをパンクさせてしまった。


 とはいえそれは想定内だったので、気を落とすことなく選んだ二台目。これは久々に☆が増えない粗悪品を掴んでしまった。


 ペダルを漕ぐたびにキィキィと音がうるさく、それでも我慢しながら走っていると、一時間ほどでペダルが根本から折れてしまったのだ。


 危うく俺もヤクモも自転車から転げ落ちそうになったのだが、【騎乗】スキルのお陰でなんとか助かった。さすがに格安4000Gは怪しむべきだったな……。


 最低でも10000Gを超える物を購入しようと心に決めた三台目。コイツはかなりの掘り出し物で、一向に壊れる気配もないままに、いつの間にやら日が暮れ始めてきた。


「今日はこの辺で止めとくか」


『お、おう……。わかったのじゃ』


 乗り物酔いのダメージでフラフラのヤクモが、モニター越しにメッセージを送ってくる。


 俺は少し道から外れた岩場に自転車を止めると、キャンプの準備を始めることにした。

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