176話 ママチャリ

「えーと、それじゃコレにするかな」


 俺はツクモガミで商品をポチッと購入すると、さっそくそれを外に出してみた。


 購入したのは自転車だ。シルバーのフレームにカゴと荷台が付いた、いわゆるママチャリというやつで、値段は12500G。今回はコイツに乗って移動しようと思う。


 ヤクモはさっそくママチャリの周りをウロウロとすると、納得したように頷いてみせた。


「ふむふむ、たしかにこれは乗り物じゃな。お前のおった世界に研修に出向いたときに見たことがあるぞ」


「こっちに来てから自転車を見たことがないんだけどさ、やっぱりこっちの世界には無いのか?」


「多分じゃけど無いと思う……ぞ?」


 ヤクモが自信なさげに答える。相変わらず神様のくせにこの世の情報に疎いヤツだ。まあこっちの世界はあまり代わり映えしないから、めったに調べないとは言ってたけど。


 とにかく自転車が存在しないってことは、見られると目立って面倒になるかもしれない。いざとなったら魔道具なり発明品なりでゴリ押すことになるだろうが、なるべくなら人目に付かないように利用したほうがいいだろうな。


「それで、これはどうやって動かすのじゃ?」


 いつの間にか人型に戻ったヤクモは、しゃがみ込んで手でペダルをぐるぐると回している。まるで三輪車のペダルを回してかき氷屋さんごっこをやっている子供みたいだ。


「ほら、そこにサドル……座るところがあるだろ? そこにまたがって、お前が今持ってるペダルってヤツを足で踏み込んで回転させてだな――」


「ふんふん……あー、なるほど、なるほどっ。これは面白い仕組みじゃのう! ……なあイズミ、お前がこれから急がねばならんのは重々承知じゃが、ワシ、ちょびっとだけ自転車に乗ってみてもいいか?」


「ん? まあ別にいいけど……」


 少しくらいならいいだろう。そもそもナッシュ捜索に関する情報ってほとんどないし、時間を気にして焦っても仕方ないからな。


 俺が了承すると、すぐにヤクモは自転車をよじ登ってサドルにまたがった。幸いサドルは一番低い状態だったので、ペダルまで足は届きそうだ。


「ちょっと高いのじゃ……。じゃが……ふんふん、こうしてぺだるを漕ぐことで、推進力が得られるわけじゃな」


 ヤクモがペダルを漕ぎながら納得顔で頷いている。


「よし、それじゃあ前に進ませてみな」


 俺は荷台を前に押してスタンドを上げた。後輪がドンッと地面に着き、衝撃でヤクモの尻がぴょんと跳ねる。


「ふぎゃっ! こらっ、もうちょいやさしくせんかい! ――っと、ふおお……足が地面に着かないから怖いのじゃ……。イズミ、そのまま後ろを持っといてくれよ? ワシ今からぺだるを踏んでみるゆえ」


「ああ、わかったよ」


 後ろの荷台をしっかり掴みながら答える。ヤクモはちらっと俺が荷台を持っているのを確認すると、前を向いて声を上げた。


「よ、よーし、行くのじゃ。イズミ、しっかり持っておいてくれよー?」


「わかってるって」


 ヤクモがゆっくりとペダルを踏むと、自転車はふらふらとしながら少しずつ前進しはじめた。


「おっ、おう……動いたのじゃ! よし、よーし! もっと強く踏み込んでみるぞ! イズミ、ちゃんと持っておけよ!」


「おー」


 シャカシャカとペダルを回転させるヤクモ。それにあわせて自転車はどんどん真っ直ぐに進んでいく。俺は荷台を持ったまま走り、それについていった。


「おお……おほ、おほー! 風じゃ! 風を感じるのじゃ!」


 ヤクモが美しい銀髪を風になびかせながら、楽しそうに声を上げる。そしてその姿は俺からどんどん遠ざかっていった。


「自転車というのは良いものじゃな、イズ――」


 後ろを向いたヤクモが絶望に顔を歪めた。お約束だが、俺はもう荷台を持っていない。


「ふぎゃー! イズミー! それはナシじゃろがいー!」


 途端にハンドルをフラフラさせるヤクモ。そしてついに自転車から転がる――前に、俺は【俊足】を駆使して追いつくと、ヤクモの上着の後襟うしろえりと自転車の荷台を掴んで転倒を阻止した。


「ふぎゅっ!」


 襟を持たれてぷらんとぶら下がったヤクモを地面に降ろしてやる。ヤクモは襟を整えながら荒く息を吐いた。


「はあはあ、死ぬかと思ったのじゃ」


「神様って死ぬこともあるのか?」


「まあ現世の肉体を失くすという意味合いじゃがな……というか、だまし討ちとは酷いではないか。ワシ、今の恐怖体験をしばらく夢に見そうじゃわい」


「自転車の練習にはああやってやるのが一番なんだよ。……で、どうだ、気は済んだか?」


「うむ、今回はもういいのじゃ。じゃがまた今度乗らせてくれると嬉しいのう」


「ああ、別に構わないぞ」


 どうやらヤクモは自転車を気に入ったらしい。まあサイクリングってやつは気分が晴れるからな。未だに仕事中毒ワーカホリックが抜けきらないヤクモには、いい気分転換になるのかもしれない。


「それで……ワシはどこに乗るんじゃ? お前の後ろか?」


「後ろでもいいけど、荷台はケツが痛くなるからなあ。前カゴの方がいいと思うぞ。狐になって入っときな」


「ふむ、まあ仕方なかろう」


 ヤクモが大人しく狐になったので、俺はそのままヤクモを掴んで自転車の前カゴに入れてやる。ママチャリを買った理由の大半がこの前カゴだ。


 こんな舗装もされていない平原だとマウンテンバイクの方がよさそうなんだが、アレは前カゴも荷台もないんだよな。


 他には値段も高いってのもある。どうせ修理なんかできないんだから、安いママチャリを使い潰しながら移動するつもりだ。


 俺がサドルの高さを調整してそこにまたがると、ヤクモが前足をカゴの縁にひっかけながら前方を見据えた。


「ようし、イズミ、出発なのじゃ!」


「あいあいさー」


 ヤクモの掛け声に合わせて俺はペダルを踏み込み、チリンチリンとベルを鳴らした。


 なんとものどかなスタートだが、こうして俺たちのナッシュ捜索の旅が始まったのだった。

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