208話 再会

「おや、あの馬車は……」


 そう呟いたコーネリアはポンと馬の腹を蹴り、民家の元へと走らせた。すぐに民家に到着した俺たちは、馬から降りて馬車の中を覗き込む。


 馬車の中には誰もおらず、繋がれた馬は汗をかいてぐったりとしている。ずいぶん急いでやって来たようだが……まあ誰が来たのかは、簡単に想像がついた。


『はて、この時間になんの来客じゃろうなあ……?』


 念話を届けるヤクモをスルーしつつ民家に入ろうとすると、蹄鉄が地面を踏み鳴らす音で気づいたのだろう、玄関から人がバッと飛び出してきた。


「むうっ!」


 現れたのは予想どおりのルーニーだ。しかしルーニーはなぜか俺の姿を見るや、ぷんすかと眉を吊り上げた。


「むうっむうっ! イズミ君! せっかく徹夜で解毒薬を作ってきたというのに、先に治すだなんて酷いじゃないか!」


 は? なに言ってるんだ、この眼鏡巨乳は。……さて、どうしたものかと考えていると、玄関から静かにアレサが現れた。アレサはゆらりとルーニーに近づくと、


「ルーニー、バカなこと言わないでよ……さっき聞いたでしょ? 今頃着いたところでナッシュの治療には間に合わなかったって。ほら、イズミ君に謝って……。ね?」


 冷たい表情でにっこりと笑った。


「ヒイッ……! そ、そういえばそうだったのだ! そ、その、解毒薬を苦労して作ったあまりに、ついつい薬師としての想いが溢れだしてしまったのだ! すまなかったイズミ君……。そしてアレサは私の足をぐりぐり踏むのを止めてくれないか……」


 ルーニーが顔を真っ青にしながら、俺に両手を合わせてぺこぺこと頭を下げる。


「あー。気にしないでください。ところでルーニーさんは来るかなと思っていたんですけど、アレサさんも来たんですね?」


「ええ、ナッシュが重傷だと聞いて、さすがに仕事が手につかなくて……。ギルドにはお休みをいただいて、ギニルさんに連れてきてもらったの」


 アレサは少し瞳を潤ませると、俺を見つめて声を震わせた。


「イズミ君、本当にありがとう……。ナッシュが生きているのはイズミ君のお陰だわ」


 頬にすーっと涙を伝わせ、俺の手を握るアレサ。


 そのか弱く儚げな表情に、一瞬『俺が守護まもらねばならぬ』と思ったりもしたけれど、これが人気ナンバーワン受付嬢の実力なのだとすれば恐ろしい。


 俺は気を紛らわせるために、ルーニーに顔を向けた。未だアレサに足を踏まれたままのルーニーは、子鹿のように足を震わせている。瞳を潤ませながら足を踏みつけているアレサも器用というか怖い。


「ええっと、アレサさん? 俺、別にお礼はいいんで、とりあえずルーニーさんの足……離してやってくれませんか……」


 空気の読めない発言はともかく、さすがに不憫になってきたからな。アレサは無言でルーニーからスッと足をどけると、ルーニーはぐおおおおと唸りながら地面にしゃがみ込んだ。


「それにしてもあんたたち、ずいぶんと早かったね? あたしはもう少し時間がかかると思ってたんだけど」


 コーネリアが汗だくの馬を眺めながら呟くと、しゃがみ込んだままのルーニーが顔を上げた。


「うむっ! 馬車に揺られながら解毒薬を作っていたし、馬はスタミナポーションを飲ませて無理やり走らせたからね! こんなハードな作業はさすがの私も初めてだったよ!」


 どうやらかなりの強行軍だったようだ。よく見りゃルーニーの目の下にはクマができているし、かなり無理したんだろうなあ……。


 そう思うと、いくらルーニーとはいえ、少しはいたわってやるべきだという気がしてきた。ここは一発、グッドニュースで元気を与えてやることにしよう。


 俺はさっそくストレージの中から、バジリスクを検索した。

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