209話 お金は寂しがり屋

「ルーニーさん。俺、バジリスク狩ってきたんですけど、よかったら買い取ってもらえますか?」


 しゃがみ込んでいたルーニーが、突然くわっと目を見開いて俺を見上げた。


「おおっ……! さすがイズミ君、やってくれると思っていたのだ! さあ、ほら早く出してくれたまえ! さあ!」


 足の痛さも忘れたようで、ルーニーはスクっと立ち上がり催促を始める。俺はそんなルーニーの足元にバジリスクをドンッと置いてやった。


「キャッ」

「フギャッ!」


 突然のバジリスクの死骸にアレサとヤクモが短い悲鳴を上げて半歩後ろに飛び退るが、ルーニーは顎に手をあてながら、爛々とした目つきでそれを見つめている。


「イズミ君、なにげに収納魔法が使えたんだねえ! まあそれはどうでもいいんだが、うむ……ふむふむ、ほうほう、これは……!」


 どうせならこの機会にと披露したストレージをさらりとスルーしたルーニーは、ぶつぶつ言いながらバジリスクの周りをぐるぐると回り始めた。


「むうっ……。後頭部が破裂しているが、毒袋は無事なようだ。しかし牙が折れているのは良くないなあ……ああ、これは私がサンプルの牙を貰った個体なのか。それなら別に問題はなさそうだ……」


「どうっすか。いくらくらいになりそうです?」


「そうだねぇ……私が出していた討伐依頼は250万Rだったけれど……アレはある程度の損傷は不問といったものだったし、これなら更に上乗せをする必要がありそうだ。280……いや300万Rで買い取らせてもらえないか?」


「おお、マジですか!」


「マジだとも! というかもう辛抱たまらんのだ! この場でお金を支払うから、今すぐこの個体を引き取ってもいいかい?」


「ああ、全然かまわないっすよ」


「ちょっと、イズミ君!? ここで売買を済ませてしまうとギルドを介さないから、冒険者の実績が付かないわよ?」


 アレサがぎょっと顔を引きつらせながら言った。うーん、でも別に実績なんていらないしなあ……。昇級なんて興味はないし。


 などと考えていると、ルーニーは地団駄を踏みながら唇を尖らせた。


「むううっ! アレサ余計なことを! それならその分上乗せしようじゃあないか! 320万……いや、350万Rでどうだい!?」


「いやいや、別に300万Rのままでいいですって」


 昇級に興味はないし、ルーニーにはスタミナポーションを無料で十本も譲ってもらったしな。あれだけで100万Rもするみたいだし。


 だがそんな俺の言葉に、ため息まじりでアレサが声をかける。


「はあ……。イズミ君さえよければ、350万Rで売ってあげて? 冒険者ギルドとしても、ギルドを介さないで安く売られるのは体裁が良くないし、それにあの子は本当にお金持ちだから気を使わなくていいわよ」


「うむっ! お金ならたくさんあるとも! 実は今回完成したバジリスクの解毒薬は、既存の解毒薬では効果のなかった他の強い毒をも中和する可能性があってだね、その研究のためにもバジリスクの素材は必要になってくるのだよ! もし新たな解毒薬が完成すれば、それでまた稼げてしまうだろうし、気にしないでくれたまえ! まったく私としては研究さえできればお金なんてどうでもいいんだがね、研究するにはお金が必要になってくるのだから世の中ままならないものだよ」


 やれやれといった風に肩をすくめるルーニー。このバジリスクで更に稼げるみたいなら、俺が気にする必要もなさそうだな。


「そういうことなら350万Rで売ります」


「うむっ、ありがとうイズミ君!」


 そうしてさっそく現金のやり取りをしていると、新たな人物が民家の中から現れた。


「やれやれ、玄関でいつまで騒いでる――うおっ!? こいつぁ……」


 バジリスクを見て絶句したのはナッシュのパーティメンバーの無精髭男ギニル。


 ――玄関前での立ち話はなかなか終わりそうになかった。



 ◇◇◇



 そして翌日の朝。


「それじゃあ先に帰るよ。また向こうで会ったら礼をさせてくれ」


 晴れやかな顔のナッシュが馬車に乗り込む。


「さあ帰ろう! バジリスクを研究するのだ!」


「ルーニー、馬車の中でバジリスクを出すのは止めてよね? ……あっ、そうそう。イズミ君のこと、エマちゃんが気にしてたわよ。私からも無事は伝えておくけど、なるべく早めに戻ってきてあげてね?」


 馬車に乗り込みながら魔道鞄をガサゴソと触るルーニーと、俺にウインクするアレサ。


 三人が乗り込むのを見て、ギニルが俺に声をかける。


「ったく、どこの坊主だと思っていたが……未だに話を聞いただけじゃとても信じられねえ。今度いっぺん、同じヤマを合同でやってみないか?」


「あはは、まあ機会があれば……」


「おう、楽しみにしてるぜ。それじゃあ先に町で待ってるからよ」


 ギニルはニヒルに笑い、俺の肩をポンと叩いて御者台に乗り込んだ。


 この人、あんまり会話の機会も隙もなく、スキルのために触ることができなかったんだが、肩ポンありがたい。


「それじゃあイズミ、またな!」


 馬にまたがったままコーネリアが短く挨拶をすると、すぐに馬を駆けさせて遠ざかっていった。あっさりした別れのようだが、昨日の夜も俺と飲み明かしたからな。もう今さら別れを惜しむこともない。


 コーネリアの馬に、ギニルが操る馬車が続く。俺とヤクモに見送られながら、ナッシュ一行はどんどん遠ざかっていった。


『騒がしい連中が一気にいなくなったのう』


『まあ騒がしかったのは主にルーニーだけどな』


 ヤクモに念話を返し、俺は自分のキャンプ地へと戻ることにした。さて、とりあえず移動しながらギニルのスキルでもチェックしようかね。

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