25話 今さら始まるチュートリアル

 俺の目の前に現れた少女。その姿でまず目に入ったのが頭にピンと反り立つ獣耳、そして月明かりに映える銀色の長髪だった。


 年齢はクリシアよりもまだ幼く見える。だがその瞳の輝きには確たる知性のようなものを感じられた。


 少女は俺を見据えると自信ありげにさほどない胸を張り、声を上げる。


「まずは自己紹介をしよう。ワシはこの世界の『物品』を司る神であーる。お前がピコピコしとるツクモガミを作ったのもワシじゃ」


「物品を司る神サマっすか……。それでその神様が、なんで俺をこんな世界に飛ばしたんだ?」


 見た目に迫力がないせいか、異世界に飛ばされた不満があるからか、それとも「ピコピコしとる」に合わせて耳がピコピコ動いたからか、とにかく敬語を使う気にはなれなかった。


 だがそんな俺の態度を気にすることなく、物品の神とやらは言葉を返す。


「ワシらは飛ばしておらん。お前が勝手にこの世界に落ちたのじゃ」


「へ? 勝手に?」


「そーである。つまり事故じゃ。それともなんじゃお前、自分が神に召喚されし勇者だとでも思ったのか?」


「ん……。まあそうだよな。たしかに俺みたいな平凡な男をわざわざ選ぶ理由なんてないよな。いいよ、続けてくれ」


「うむっ! お前は異界の穴と呼ばれるものに落ちたんじゃよ」


「異界の穴?」


「世界と他の空間とをつなげる穴じゃ。世界のきまぐれで極稀に開いたり閉じたりするものなんじゃがな。ほれ、お前の国でも神隠しって呼ばれているものがあるんじゃろ? 全部がそうとは言わんが、アレの原因じゃ」


「極稀ねえ……。運悪いな俺。それじゃあこの世界には俺みたいなのが他にもいるのか?」


「いんや、この世界に落ちたのはお前が初めてじゃよ。それに世界というやつは数え切れんほど存在するからのー。再び誰かがここに落ちることはまずないじゃろな。そもそも空気もなにもない異空間に放り込まれて死ぬ者の方が俄然多いからの」


 こっわ。それに比べれば俺はまだマシだったのか? でもヘタすりゃ死ぬよりヤバい目にあいそうだったし、そうでもないかもしれないよな……。


 まあとにかく経緯はわかった。しかし質問はこれくらいでは終わらない。俺はさらに質問をぶつける。


「それじゃあツクモガミ、アレは一体なんだ?」


「うむっ! 今いったとおり、お前がこの世界に落ちたのは偶然なんじゃが、それはめったにない機会でもあった。そこでワシらの世界の神々で話し合った結果、せっかくの拾いもんを有効活用してみようということになってなー」


「有効活用?」


「うむん。それでワシらの世界の主神様がお前のいた世界の神の元に赴き、プレゼンを行ったんじゃが……それがまー、揉めに揉めてのー」


「そういえば俺が穴に落っこちた時、なんかぴっかぴかに光った爺さんと美女が言い争ってるのを見たような……」


「おー、見たのか? たぶんそれじゃなー。爺さんがお前がいた世界の神で、ボインボインが我らの世界の主神様であーる」


 獣耳っ子が薄い胸の前で両手をゆっさゆっさと動かす。なんだか悲しくなるから止めてほしい。なによりボインボインと言われても、そこまでは覚えてなかったりする。まあ美人だったような雰囲気は覚えてるけど。


「まっ、それでもなんとか話し合いはまとまった。二つの世界で盟約を交わし、エーテル霊子の循環を行うことになったのじゃ」


「エーテル霊子? なにそれ?」


「簡単にいうと、世界を流動させるためのエネルギーじゃ。それがないと世界は活動せん。光も闇も熱も命も、ぜーんぶじゃ。それが満ちているからこそ、世界は活動できておる。だがエーテル霊子は、循環させねばどんどん濁る。濁れば世界が鈍り、やがて――停止する。それは世界の寿命を意味する」


「ええ……。世界って死ぬの?」


「死ぬぞー? そしてその世界に紐付く神は、世界が死ぬと一緒に消えてしまうのじゃ。それが定めと諦観しとる神々もいるそうじゃが、自分のところに延命手段が転がり込んできたなら試してみたいと思うのも当然じゃろ?」


「まあ……寿命が延びるならそれに越したことはないとは思うけど。それで、結局それと俺になんの関係が?」


「そこでツクモガミの話に戻るのじゃ。お前、穴に落ちたとき、スマホでフリマアプリを見とったじゃろ? アレでピンと来たのじゃ!」


 たしかに俺はフリマアプリを検索中に穴に落っこちたな。それはよく覚えている。神様は若干ドヤ顔で話を続けた。


「ツクモガミは物品の神たるワシと他にも数人の神が協力し作り上げたモノなんじゃ。次元や因果すらも捻じ曲げ、この世界とお前のいた世界とで物品のやりとりができるようになっておる。その物品が世界を渡るとき――エーテル霊子も循環するのじゃ」


「ええぇ……。なんでわざわざ俺を間に挟むの? 神様同士で決めたなら、勝手に循環し合えばいいじゃん」


「世界をつなげる奇跡を起こすには神だけでは足りぬ。生命あってこその森羅万象よ。ゆえに世界のことわりには人の魂の介入もまた必要なのじゃ」


 よくわからんが、そういうルールってことなのかな。まあそういうもんだと言われれば納得するしかない。だが疑問に思っていたことはまだある。


「じゃあ俺が地球の物を購入したときに☆が貰えたり、それでスキルを覚えたりできるのはなんで?」


「そりゃあワシらからのサービスじゃ。言っちゃーなんじゃが、こーんな世界でその力がないとお前、すぐ死ぬぞー?」


 まあそうだろうな。野盗に捕まった時点で詰んでたわ。しかしそれでも気になることがある。


「なら俺がこっちの物を売ったときに☆が増えないのは?」


「こちらにある物品を向こうに売却したとき、揺らいで活力を取り戻すのは向こうのエーテル霊子じゃ。向こうが得をするターンってわけじゃな。……だがなー、ワシらのちっぽけな世界に比べてお前のおった世界はやたらでかくてごっつくて、なんやかんやで余裕があるみたいだからのー。向こうの神はさほど乗り気じゃなくてなー」


 なんだかいじけたように唇を尖らせる神様。


 なるほど、こちらの世界の手を借りなくてもやっていけるから、保険くらいの考えなんだな。そこにコストをかける必要はないと。なんとなくこっちの世界とあっちの世界の力関係みたいなのはわかった気がする。


 これでとりあえず概要は理解できた……と思う。だが一言いってやりたいことがあった。


「でもさ、それってこっち側からすればそれなりに重要な計画なんだろ? それならなんも説明せずに、俺を素っ裸であんなところに放り込まないでほしかったんだけど」


 その言葉に、これまで饒舌に語っていた神様が突然表情をこわばらせて動きを止めた。え? なに? 怒らせちゃった?

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