24話 テントの……

「は、はああああ!? な、ななななななななに言ってるんだよ! 近くに親父さんもいるんだぞ!」


 なに言ってるんだ、マジで。俺は腰を引いてクリシアから距離をとる。


「……お父さん、イズミのことを認めてると思うよ。村じゃ私に近づく男の子とか片っ端から追い払うくらいなんだから」


「いや、でも、だからってな、こういうのはな?」


「イズミが気絶していたとき、お父さんにどうやって恩を返せばいいのか相談したんだ。お父さんはお前の好きにしろって言ってくれた。それに……さっきの様子からしても、お父さんきっと察してると思う」


 まさかの父親公認!? いや待て、しっかりしろ俺。


 とにかくダメ、これはよくない! 今日襲われかけた女の子を助けたからって、俺がその子を好き勝手するってどうなんだ。すごいマッチポンプ感があるぞ。


「ク、クリシアはもっと自分を大切にしてだな」


「私が今でも生きてるのはイズミのお陰だもの。私、イズミになら何されたって構わないから」


 クリシアはゆっくりと体を起こすと、再び俺に体を寄せて――


「俺、ちょっと外の空気吸ってくるから!」


 俺はテントから飛び出した。ああ、靴を履くの忘れてた。いやだからって、いまさら戻れるか。このまま逃げよう。


 すると遠くで焚き火の番をしている親父さんがこちらに顔を向けたのが見えた。


 そんな親父さんは俺を指差し、あろうことかガハハハハと大笑いだ。なんだかいろいろと言いたいことがあったが、とにかく今はテントから離れよう。俺はテントからも焚き火からも離れた場所へとひた走った。



 ◇◇◇



 月明かりに照らされた平原。遠くに見える真っ黒な森を眺めながら、俺は裸足で独り突っ立っていた。


「はあ……」


 ため息が漏れる。正直もったいないことしたかな? と思わなくもない。でもなあ、今日出会ったばかりの女の子で、しかもこれから世話になるというのに、手を出すのはさすがになあ……。


 まあ文句なしにかわいいとは思うし、後腐れない関係なら……いや、向こうが何も言ってこなかったとしても、俺のほうがキツい。


 親父さん公認というのも逆に恐怖しかない。いろいろと重すぎるのだ。決して俺がヘタレなどではない。ないったらない。


 それに……親思いのいい子だからな。大切にしてあげたい気持ちがあったのもたしかだ。俺も歳を取ったもんだよ。十八歳くらいに戻ったけど。


「はあ~……」


 俺は再びため息をつくと、しゃがみこんで頭をかかえる。


 でもムラムラするのも事実なんだよな……。体のほうは未だにギンギンなのだ。


 ……明日には到着するっていう村に、娼婦さんっているのだろうか。


 向こうじゃ人類史上最古の職業なんて言われていたし、異世界でもいそうだけど……。村についたら探してみようかな。割り切ったお付き合いのほうが安心できる。うん、そうしよう。


 あっ、でも俺、こっちの金を持ってないな。物々交換でいいのか? でもあの父娘ならともかく、親しくない人にはあまりこちらの文明からかけ離れたのを見せて目立ちたくはないんだよなあ。


 そういうのはトラブルの元だ。伊達に田口から勧められていくつか異世界モノを読んでいない。すでにやらかしてる気もしないでもないけどな。


「はぁ、結局しばらくは様子見か……」


 俺は独り言をこぼしてがっくりとうなだれた。しかしグダグダと明日以降の予定を考えていると、なんだか気分も落ち着いてきた気がする。もう少し時間を潰したら、今度は親父さんと少し話でもしようかな。


 そう思い立ち上がると――


「ほーんとに、まぐわわぬのか? つまらんのう、ヘタレだのーう」


 突然、女の子? の声が耳に届いた。


 俺は声のする方に顔を向ける。そこには呼び出した覚えのないツクモガミのモニターが浮いており、ぴかぴかと光を放っていた。俺はがっくりと項垂うなだれながら呟く。


「はあ……、きたのか。このタイミングで……」


 俺が気絶から目覚めてからというもの、あれほど自己主張を繰り返していたツクモガミが、まるで最初に使った頃にようにピタリとおとなしくなった。


 俺にはそれが、近いうちになにかが起こる……嵐の前の静けさのようにしか思えなかった。ついにその時が来たようだ。


「……よう、ようやく会えたな。俺がここに飛ばされた理由について、説明してくれるのか?」


「よかろ。そのためにこうして現れたのじゃ」


 再びツクモガミのモニターから声が聞こえ、モニターが宙でくるっと一回転した。するとそこにあったモニターは消え、代わりに銀髪の少女がひとり、俺の目の前に現れたのだった。

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