206話 ゆうべはおたのしみでしたね

「うぉぇぇ……」


 自分が漏らした呻き声で、俺は眠りから目覚めた。昨夜はさすがに飲みすぎたらしく、全身がとてもダルい。目を開けるのも身体を起こすのも億劫おっくうだ。


 とはいえ、別に急いで起きる必要もない。仕事中毒ワーカホリックのヤクモが起こしに来ないということは、まだ寝ていていい時間帯のはずだからな。


 俺は柔らかな毛布に包まれたまま、まだぼんやりとした頭で昨夜のことを思い返した。


 昨夜のから揚げパーティは本当に楽しかった。


 途中でから揚げが足りなくなって追加で揚げたり、ヤクモが腹いっぱい食いすぎて青い顔をしていたり、コーネリアの酒豪っぷりに驚き、ジョッキにビールをガンガン注いだり――


 あれ? そういえば、から揚げパーティの最後はどうなったんだっけ。俺、ちゃんと後片付けとかしたっけか……?


 ……うーん、思い出せない。どうやら酒のせいで、まったく記憶に残ってないようだ。


 なんだか気になってきた俺は、外の様子を見ようと身体を起こそうとして――今、自分の置かれている状況に違和感を覚えた。


 さっきから俺を包み込んでいる柔らかくて温かいモノ、これ……毛布じゃなくね?


 毛布にしてはどこか重みがあり、しっとりと吸い付くような肌触り。それに俺の毛布のはずなのに、俺じゃない匂いがする。……一体なんだコレ?


 俺はおそるおそる目を開いてみた。


 ……すると俺の視界には、なんとも健康的でキメ細やかなつるんとした肌が一面に広がっていた。


 ――は?


 俺はがばりと身体を起こす。


 ズキンと痛む頭にキュアをかけつつ――


 俺が起き上がった反動でごろりと大の字で床に転がった、一糸まとわぬ姿のコーネリアを見つめた。


「ええぇ……」


 頭の中が真っ白になり、ただ困惑の声だけが自分の喉から漏れていく。


 すると俺が起き上がった弾みで目が覚めたのだろう、全裸のコーネリアがあくびをしながら寝ぼけまなこで俺に声をかけた。


「ふぁ~。おはよう、イズミ」


「え、あ、はい。おはよう、ございます……」


 俺の返事にコーネリアは少し照れたように毛布で胸を隠すと、上目遣いで俺を見つめる。


「なんだい、キョトンとした顔をしてさ。……昨日の夜のことは、もう忘れちまったってのかい?」


「えっ」


 ウソだろ? 俺、何かやっちゃいました?


 まったく記憶にないんだけど。それはすごく勿体ない、いや、そういう問題ではなくて――


 俺が言葉に詰まっていると、コーネリアがプッと吹き出した。


「あっはっは! 冗談、冗談! あたしらには何もなかったよ。あたしは気分よく酔っちまうと、たまに素っ裸になっちまうんだ。むしろ、あたしなんかの身体でお目汚ししちまって悪かったね!」


 豪快に笑いながら俺の背中をバシンバシンと叩いた。毛布の隙間から柔らかそうなものがぷるんぷるんと揺れているのが見える。


「あー、いや、お目汚しなんてことはなくてですね……。大変ご立派で俺には目の毒なので、その、とりあえず服を着てもらえると助かります……」


 なんとなく敬語でそう伝えると、コーネリアが唇とぺろりと舐めて俺に顔を寄せた。


「おや、そうなのかい? ……それならあんたさえよければ、あたしはこれから一戦おっぱじめたって構わないんだけど……。男とヤったことがないから、勝手はよくわかんないけどさ」


 女とはあるのか……ってそうじゃなくて! 俺が口を開こうとしたところで、コーネリアがさらに話を続ける。


「あっ、でもやるなら避妊はナシで頼むよ? いや、遊びはイヤだとか責任取ってくれっていうんじゃないんだ。あんたの子を人知れず生んでさ、その子を強い子に育ててさ、そして親子二人で冒険者として生きていくってのも悪くないなと思ってね……へへ……」


 口元を緩め、うっとりとした顔で俺にすり寄るコーネリア。俺は顔をそむけながら、コーネリアの肩を両手で押し返す。


「いやソレって、責任を取るよりもずっと重いだろ! とにかく俺にそういう気はないから! ほら、さっさと着替えてくれよ!」


 冷静に考えれば俺の着衣に乱れはないし、素っ裸なのはコーネリアだけだ。どうやら俺の何者にも縛られないお気楽ライフはギリギリ守られたらしい。


「そうかい? あんたくらいの年頃の男はバカみたいにヤリたがるなんてよく聞くんだけど、あんたは枯れてるんだねえ……」


 残念そうに呟き、ようやくコーネリアは渋々と服を着始めたようだ。


 ちなみに俺は別に枯れてるってわけではない。性欲というどうしようもないものに人生を乗っけることなく、割り切ったお付き合いで済ませたいだけである。


 そして俺が顔をそむけたテントの片隅では、ヤクモが呆れたようにじっとりとした目を俺に向けていた。


『まったく、昨夜はいよいよまぐわうのかと思っておったが、早々に寝てしまいおってからに』


『そもそもどうして同衾どうきんしていたのかがわからん。一体なにがあったんだよ?』


『なんじゃ、それすらも覚えとらんのか、アホじゃのーバカじゃのー。……昨夜は二人で気持ちよーく酔っ払って、二人で楽しそーうに肩を組みながらテントに入ったかと思うと、そのまま二人で仲良くバタンと倒れてそのまま寝とったぞ。赤い女は寝ながら服を脱いで、お前に抱きついとったが』


 マ、マジか……全然記憶にないぞ。これからは酒をもう少し控えたほうがいいかもしれないなあ……。


 などと反省している間に、コーネリアの着替えが済んだようだ。コーネリアは四つん這いでテントの出入り口をくぐりながら、俺の方をちらりと見て声を上げる。


「イズミー。今日もソードフロッグを狩りにいくんだろ? 早い時間のほうが見つけやすいし、そろそろ朝食にしないかい?」


 どうやらコーネリアはすっかり普段通りのようだ。そういうことなら俺も普段どおりに答えよう。


「あ、あー。スマン。先に出といてくれ。俺も準備するから」


 するとヤクモが今にもヨダレを垂らしそうに口を半開きにしながら、俺の前に躍り出た。


『ワシ、昨日食べられなかったゼリーを食いたい!』


『わかった、わかった。出してやるから先に出ておけ』


『なんじゃ、一緒に出たらいいじゃろが。……まあいい、早く来るんじゃぞ?』


 怪訝な顔をしながらも、ヤクモはテントから出ていった。


「はあ……。ふうううううううううううぅぅぅぅ……」


 俺はヤクモを見送ると、大きく息を吐く。


 ……そして元気な一部分が静まるまで、素数を数えながらしばらくテントの中で過ごしたのだった。

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