8話 座敷牢

 兄貴は血まみれの斧を壁に立て掛け、子分二人を睨みながら怒鳴った。


「おい、ゲッスにツィビル! 俺が戻ってくるまでこいつらに手を出すんじゃねーぞ!」


「わかってますって。もうあの時みたいにブン殴られるのはコリゴリでさあ」


「……へい」


 どうやら以前にも似たようなことがあったらしい。従順な二人の返事を聞いた兄貴は満足げに頷く。


「おうっ、それじゃそいつらは牢部屋に閉じ込めとけ。俺が戻るまで絶対に開けるな、いいな?」


「うへ、全然信用してもらえてねえ!」


「バカ、信用できるかよ。オラ、早くしろ」


 兄貴に命令され、ナイフ男が俺にナイフをちらつかせた。俺が両手足を結ばれながらも急いで立ち上がると、ナイフ男がナイフの先端を俺の背後に向けた。


「あの部屋に入りな」


 ナイフ男が指し示したのは、俺がこの小屋を覗いたときに見つけた扉だ。小男が先回りをして扉を開ける。そこは小さな明かり取り用の小さな窓があるだけで他には何もない板張りの小部屋だった。


「行け」


 小男に比べると寡黙かもくらしいナイフ男に言われるがまま、ぴょんぴょんと跳ねながら小部屋に向かう――と、背中にドンッと衝撃が走り、俺はそのまま小部屋の中に倒れ込んだ。


「うげっ」


 思わず口から声が漏れる。腹から床に着地したので、まだ胃の中に残っていた水とパンも一緒に吐き出しそうだ。


 うつ伏せになった俺が顔を上げると、小男がニヤニヤと俺を見下ろしている姿が目に入った。どうやら俺はあいつに蹴られたらしい。


 クッソ、こんな状態じゃなければボコボコにしてやるのに……と言いたいところだが、ケンカのひとつもロクにしたことないんだよな。俺にできたのは、効いてないフリをして小男のからかいを無視することくらいだった。


 そんな俺の態度につまらなさそうな顔をした小男は、続いて女の子を小部屋に押し込む。


 こちらは俺に比べれば丁重な扱いだ。女の子は嗚咽を漏らしながら俺から離れた場所に三角座りをすると、膝の部分を目に押し当てて俯いた。


「大人しくしてろよ?」


 そう言って小男が扉を乱暴に閉める。すぐに扉が細かく揺れてガタガタと音が聞こえた。おそらくカンヌキかなにかで扉が開かないようにしているのだろう。兄貴の声が聞こえる。


「よおし、それじゃあそのまま見張ってろよ。俺は泉に行ってくらあ」


「早く帰ってきてくださいよ。あんまり遅いと俺らも辛抱できねっす」


「フン、俺だって早くやりてえからな。血を洗い落としたらすぐ戻る。絶対先にやるなよ?」


「やんねーですって。マジで信用されてねえなあ――」


 そんな会話を続き、ようやく兄貴が小屋を出ていったようだ。子分二人も少し扉から離れたようで、しばし小屋の中が静まり返る。


「はあ……」


 俺がごろんと寝転がり天井を見ると、大きなため息をひとつ吐き出した。


 あれよあれよと息の詰まる展開が続き、気がつけばとらわれの身だ。異世界に来て早々、こんなバイオレンスな洗礼を浴びることになるとはなあ……。


 異世界に転移したという衝撃に比べればまだマシなせいか、思ったよりも冷静でいられているようだ。しかしここでのんびりもしていられない。


 もうしばらくすると貞操の危機が訪れ、そして奴隷として売られれば、どういう扱いになるのかもわからないのだ。さっさと逃げ出したい。


 冴え渡る頭脳で機転を利かせて華麗に大脱出といきたいところだが、座敷牢みたいなところに閉じ込められてるし、両手足は縛られているし、どうすりゃいいんだ。


 改めて小部屋の中を見回す。何もない小さな部屋。ここまで徹底して何も置かれていないということは、拉致した人間を閉じ込めておくための専用の部屋なのかもしれない。座敷牢ってやつだ。


 やはりこうしたことを頻繁に行っている連中なのだろう。部屋からはなんだかキツい臭いも漂ってくるが、何の臭いなのかは考えたくもない。


 そうして辺りを窺っていると、再び扉の前に戻ってきたのか、足音とともに子分二人の声が聞こえた。


「ったく、兄貴のきれい好きにも困ったもんだぜ。どうせすぐにまた汗だくになるってのによ~」


「そう言うなよ。兄貴もさすがに返り血を浴びたままだと萎える程度にはイカレてないって、わかっただけでもよかったろ?」


「違えねえな。あー早く帰ってこねえかな」


「……なんだよゲッス。やけに入れ込んでるじゃねえか」


「そりゃあよ、今回の女は少しガキだがなかなかの上玉だぜ? 仕方ねえだろ」


「ったく、しゃあねえ。お前にゃこないだの借りがあるからな、今回は二番目譲ってやるよ」


「マジかよ。っひゃー! ツィビル愛してるぜー!」


「バカが、冗談でもそんなこと言うなよ。ほら、鳥肌立っちまった」


「ヒャハハハ!」「ハハハ」


 とても楽しそうな会話が扉を隔てた向こうの部屋で続いている。こちらとは正反対の状況だ。こちらの部屋の片隅では女の子が顔を伏せ、声を漏らさないようにしくしくと泣いている。


「あの、大丈夫……?」


 俺の声にビクンと肩を揺らした女の子は、下を向いたまま首を何度も振った。そりゃそうだ、大丈夫なわけない。俺もなに聞いてんだ。


 とにかく何とかしなければ。それにしても、なんだか目がチカチカするな……って、あれ? いつの間にかツクモガミのモニターが現れて、眩しいくらいに点滅してるぞ……?


 俺の意思で出したり消したりできるモニターだが、今は出した覚えがない。気になるモニターに目を向けてみた。


 するとそれに反応したかのように、モニターの点滅が収まる。そしてモニターは今まで見たことがない画面を映し出していた。


【取得スキルポイント】56

【身体スキル】

【精神スキル】

【特殊スキル】


 なんだこれ? スキルポイント?

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