196話 バジリスク2
食事が終わったのだろう、バジリスクは満足そうに目を細めると、俺たちに気づかないまま水面を悠々と泳いで遠ざかっていった。
その背中をじっと見つめるコーネリア。彼女はこぶし大の石を握りしめ大きく振りかぶり――「ウオラァッ!」と気合のこもった声を張り上げて石を思いっきり投げつけた。
なかなかのコントロールだ。バジリスクに向かって一直線に飛んでいった石はバジリスクの頭にゴンと当たり、そしてポチャンと沼に落ちた。
だがもちろんこれが致命傷になるはずはない。むしろ怒りを買うだけだろう。
案の定、水面でピタリと動きを止めたバジリスクはぐるんと首をこちらに向けると、口を大きく広げて不快感をあらわにするような甲高い音を発した。
「シャアアアアアアアー!」
耳が痛くなるような音が響く中、怯むこと無くバジリスクを睨みながらコーネリアが呟く。
「アイツ、牙が一本折れてやがる。アレはあたしたちとやりあった個体だね……」
確かにバジリスクの大きく広げた口にはヘビのような長い牙が左右に一本づつあるのだが、片方が途中で完全に折れてしまっていた。
バジリスクの方がコーネリアを覚えているのかは、その爬虫類じみた顔からは察することができないが、それでもバジリスクはコーネリアを見定めると水面を滑るような猛スピードでこちらに向かって突っ込んできた。
あっという間に沼から陸地に上がったバジリスクはトカゲのような四本の足を使い、水面と変わらぬ速度でどんどんこちらに近づいてくる。
激しく動かすその足には、鋭く太い爪と大きな水かきが付いていた。これが沼でも泥の上でも自在に動ける要因なのだろう。
「こっちだオラァッ!」
大声を上げたコーネリアはバジリスクに背中を向けると一目散に逃げだした。
それを逃すまいと更にスピードを上げたバジリスクは――【気配遮断】で俺が隠れ潜んでいた大岩の前を通りかかる。
「ファイアーボール!」
俺は今出せる最大級の大きさ、ビーチボールくらいの火球を無警戒のバジリスクの胴体目がけて撃ち込んだ。
爆発音が響き、バジリスクの体が激しく揺れる。狙い通りファイアーボールを食らったバジリスクは、突然の攻撃に金切り声を上げながら足を止めた。
できることなら今の攻撃でやられてほしかったが、さすがはB級、ファイアーボールで一撃とはいかないらしい。
バジリスクは青紫の肌からぶすぶすと細い煙を立てながら、体全体をこちらに向けた。その濁ったような灰色の眼は俺に対する溢れんばかりの怒りで満ちているように見える。
『ヒエッ、あんまり効いていないのじゃ!』
首元のヤクモがブルっと震えた。
『ビビるくらいなら、コーネリアと一緒にいればよかったのに』
『何を言うか! お前が戦っとるのに、のうのうと見学なんかしておられんじゃろがいっ!』
首に巻き付いてるだけなら見学してるだけと何も変わらんのでは? と思わないでもなかったが、今はアホな言い合いをしている場合じゃない。
標的を俺に変更したバジリスクはクイッと鎌首をもたげると、そのまま真っ直ぐ突進してきた。ファイアーボールが大して効かなかったからなのか、あまりに無警戒だ。
そのバジリスクに向かって俺は手を突き出す。
「ウィンドカッター!」
火の次は風だ。俺の手元を離れた風の刃が不規則に飛び交いながらバジリスクに襲いかかった。これはどうだ……!?
だがウィンドカッターを食らいながらもバジリスクは突進。硬そうな鱗が何枚も剥がれて飛び散るが、気にしたそぶりも見せずに俺の目前に迫ると、思った以上に長い前脚を俺の頭上に打ち下ろしてきた。
俺はそれを横や後ろではなく、前に突っ込んで避けた。こんなリスキーな避け方ができるのは【回避】のレベルアップの賜物だろう。
リスキーな分、旨味もある。バジリスクに肉薄した俺は踏み込んだ勢いそのままに、ドイツ製の斧をバジリスクの太い胴体目がけて振り抜いた。
「ギイイッー!」
胴が切り裂かれ、肌と同じ青色の血を噴き出しながらバジリスクが唸った。血は俺とヤクモにも降りかかり、ヤクモの念話の叫び声で頭の中がうるさい。
バジリスクは苦し紛れに再び前脚を振り下ろす。俺はその一撃をかいくぐると、今度はその前脚の根本に斧を食らわせた。骨を断つ手応えがあり、バジリスクの前脚が一本だらんと下がる。
「ギィシャアアアアーー!!」
痛みに悲鳴を上げたバジリスクは体をひねる――目前に丸太のように太い尻尾が迫ってきた!?
「うおっ!」
即座に真上にジャンプして
……こわっ! あんなのまともに食らったら、全身の骨がボキボキに砕かれそうだわ。
うまくジャンプで躱せたのは【回避+1】と【跳躍】の複合効果だろうか。やっぱり回避のレベルアップをしてよかった。
俺が地面に着地するのと、バジリスクがコマのようにぐるんと一回転したのはほぼ同時だった。
バジリスクは俺が尻尾の餌食にならなかったと見るや否や、これまでで一番大きく口を開いた。その瞬間、俺の背筋がビリッと震える――【危険感知】だ。コーネリアの鋭い声が飛ぶ。
「イズミッ、毒霧だよっ!」
バジリスクは喉の奥を膨らませると、口の中から紫色の霧を吐き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます