197話 バジリスク3

 バジリスクは喉の奥を膨らませると、口の中から紫色の霧を吐き出した。口元を腕で押さえ、俺は後ろに飛びのき直撃を避ける。


【危険感知】のお陰で一手先に早く逃れることができた。


 スキルといえば【毒耐性】もあるにはあるが、ナッシュにキュアが効かなかったことを考えれば、レベルアップなしでは効果は薄いかもしれない。試せばわかることだが試したいとも思わないしな。


 慌てて後退した俺を見て調子づいたらしいバジリスクは、口を開けたまま首をぶんぶん振り回し、辺り一面に毒を噴霧しながら俺を追い込むように前進を始めた。


 コーネリアから聞いた話によると、毒霧攻撃はバジリスクが息を吸うタイミングか、体内にある毒袋の中身が切れるまで止むことはないらしい。


 ナッシュたちは毒袋の中身を切らす長期戦を考えていたようだが、泥に足を取られたギニルをかばい、ナッシュが爪から毒を食らったそうだ。


 だがもちろん俺は長々と燃料切れを待つつもりはない。この場所なら距離の優位性を保ちながら十分戦えるしな。


「マジックミサイル!」


 俺の手のひらから生まれた無属性の魔力の塊が、真っ直ぐバジリスクに向かって飛んでいく。


 調子をこいて頭を振りながら近づくバジリスクにこれは避けられない。ドンッと硬いモノで殴ったような衝撃音が響き、バジリスクの体が大きく揺れた。この魔法、フィールドウルフくらいなら軽く爆散するんだけどな……。


 だが距離を広げるには十分だ。俺はよろめくバジリスクから更に距離を取り――そこで俺の足がズブリと地面に埋まった。


 慌てて足元を見る。俺の足はすねあたりまで深く泥に沈んでいた。短い草がびっしりと生えて見た目はわかりにくいが、どうやらこの辺は深くぬかるんでいるようだ。


 思わず足を止めた俺を見て、バジリスクの顔がニヤリと歪んだように見えた。


 もしかして、この場所に俺を誘い込むつもりだったのか? マジかよ、やはりB級ともなると一筋縄ではいかないらしい。


『ふわー! どどどどどどうするんじゃイズミイズミイズミィー!』


 ヤクモがバジリスクを見ながら念話で叫ぶ。


『うっせ、ちょっと黙ってろ!』


『フンガッフッフ!』


 なにかを喉をつまらせるようにヤクモが黙った。その間に考える。このまま更に後方へ下がっていくのは良くない。ぬかるんだ地面じゃ向こうの方が足が早いからな。


 となると……後はこれしかない。


 俺はバジリスクに両手を向けると、ツクモガミのストレージを検索。


 そこでこれまで貯めに貯めに貯めに貯めに貯め続けた――


 ありったけの水を選択した。即座に異空の穴がバジリスクの頭上に開く。


 ドッバアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 激しい滝を思わせる大量の水がバジリスクの周囲に降り注ぎ地面を打ちつける。空中を漂っていた毒霧が一瞬で水に流された。


 突然の出来事に、バジリスクは水に打たれながら口を開けて立ち尽くしている。


 この千載一遇のチャンスに、俺は泥から重たい足を引き抜きバジリスクに向かって走り出す。そして腕にぐっと力を込めて叫んだ。


「喰らえっ! 正義のっ! ゲッ◯ァァァトマホゥゥゥゥゥゥク!!」


 未だ降り注ぐ水を物ともせず、俺のトマホークが唸りを上げて突き進む。鱗は硬いようだが、中はどうだ!?


 渾身のトマホークはバジリスクの口の中へと吸い込まれていき――


「ギュゲッ!」


 短い断末魔の悲鳴を上げたバジリスクの口内を食い破り、そのまま後方へと飛んでいった。


 斧、後で回収できるかなあ……。そんなことを考えながら俺は水の排出を止めた。


 そして水浸しになったバジリスクは水の圧力に屈するように、べたんと頭から地面に倒れたのだった。

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