195話 バジリスク

 未だ水面から上半身を伸ばし、獲物を飲み込もうと喉を膨らませているバジリスク。その部分だけでも一般的な成人男性の身長よりもやや大きい。全長となると、その倍くらいになるのだろうか。


 俺は肩越しに振り返り、険しい顔でバジリスクを睨みつけているコーネリアに尋ねた。


「コーネリアさんたちがバジリスクに遭遇したのも、この辺りなんですか?」


 コーネリアはバジリスクから視線を逸らさないまま答える。


「いや、もっと奥地だった。ようやく発見したってのもあって、そのまま戦闘を始めたんだけど、地面の泥が足首まで浸かってとにかくやりにくくてさ。……仮にここで見つけたのなら、あたしたちにも勝機があったかもね」


 俺は悔しそうに唇をきつく結ぶコーネリアから視線を外し、自分の足元を見た。


 シグナ湿地帯に入ってからというもの、地面は相変わらずぐっしょりと濡れてはいるが、泥が足首まで浸かるなんてことはない。滑り止めが効いたウェーダーのお陰か、これまでも特に動きに支障もなかった。そこでヤクモから念話が届く。


『なーなーイズミよ。これは今が千載一遇のチャンスではないのか?』


『あっ、お前もそう思う?』


『うむっ!』


 できれば狩ってやろうと思っていたバジリスクだが、奥地に進んで足元がぬかるんでくればくるほど【回避】には頼れなくなるだろう。


 ここならせっかくレベルアップさせた【回避】も存分に役立ってくれそうだし、どうせ狩るならこの場所しかないように思える。


「コーネリアさん」


「あっ、ああ……すまない、いつまでもこんな場所には居てられないね。アイツに気づかれないうちにこの場から離れよう」


 コーネリアは後ろに下がって俺から距離を取る。


「いえ、俺が今からアイツをやっつけるんで、ちょっと離れててもらえませんか?」


「え? いや、ここならあたしたちは倒せたかもしれないと言ったけどさ、それはナッシュとギニルがいればって話でね……。えっ、あんた本当にやるつもりなのかい?」


 俺が弓を手に取ったのを見て、コーネリアが目を見開いた。


「こんなこと冗談では言わないですって」


「なあ……イズミ。あんたの弓の腕前はあたしだって認める。新人とは思えない腕だと思うし、なんならウチのパーティに入って欲しいくらいさ。でもね、あんたの矢じゃバジリスクの鱗を貫けないと思うよ?」


 コーネリアは眉尻を下げながら、落ち着かせるように俺の両肩に手をおいた。まあ確かに矢だけじゃ無理だろうが……。どうせ狩るならイーグルショットを使わずに高く売りたいし。


「ええと、実は弓以外にも得意なのがいろいろとあってですね……。とにかく、コーネリアさんは離れておいてください」


 俺がそう伝えるとコーネリアはポカンと口を開き、それからニヤリと笑った。


「……フン、本気なんだね。どこか冒険者らしからぬ気の抜けた坊やだと思っていたけど、熱い気持ちも持ってるじゃないか。そういうことなら止めやしないよ。一見無謀に思えることにこそ命を張るのが冒険者ってもんだ」


「いや、俺は命を張るつもりもないんですけど……」


 勝てそうだからやるだけなのだ。そんな俺の言葉にコーネリアは薄く笑った。


「ククッ、やっぱり締まらない坊やだねえ。でも、あんたらしい気もするよ。……よしっ! そういうことならあたしにもいっちょ手伝わせておくれよ」


「えっ、いいんですか?」


「ああ、それにね、あたしの勘だけど、イズミ……あんたならやっちまいそうな気もするんだよ」


 コーネリアは魔道鞄から両手剣を取り出し、それをざくりと地面に突き立てた。一人でやるつもりだったが、手伝ってくれるというならありがたい。


「そういうことならやってほしいことがあります」


「なんだい? なんでも言ってみな」


 俺は今しがた思いついた作戦を、さっそくコーネリアに手早く伝えた。

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