271話 たのしいハンティング
地面を舐めるように這いつくばりながらも、まだ微かに息のあるミドルホーンディアー。リールエは慎重にその死角に回り込むと、手慣れた様子で喉元をナイフで掻き切った。
うーん、なんとも鮮やかな手並み。見た目はちんまいピンク髪ギャルなだけあってギャップがすごい。
ちなみに首を掻き切った瞬間、マリナに抱かれていたヤクモが白目を剥いて気絶した。気づいているのは俺だけみたいだけど。
手元でナイフをくるくると遊ばせながらリールエが振り返る。
「けっこーな大物だし、これだけあれば今日は十分だね。それじゃあ血抜きしたらみんなで帰ろうぜー」
「おいおい、ちょっと待てって! それじゃ俺がついて来た意味がないだろ?」
「ちっ、やっぱ忘れてなかったか。……しゃーない、付き合ったげる。なるはやで血抜きすっから、ちょいと待っててなー」
「この辺が狩場なんだろ? 俺だけ残るから先に帰っていいよ」
「まーまー、そう言うなよー。やっぱイズミンの狩りの腕も気になるしさ」
そこでマリナがひょこっと俺の顔を覗き込んだ。
「だねー。あたしもちょっと見てみたいかも。イズミンって冒険者やってんのに、どんくらいの腕前なのかイマイチ知らないし。……あっ、でも意外とケンカは強いんだったな。イズミンもあのとき
「えっ、なにそれなにそれ!? ちょっと話を聞かせてよマリナー!」
「いーよ。あたしが初めてイズミンに会った時の話なんだけどねー、なんか酔っぱらいに絡まれて――」
などとギャル二人が俺そっちのけでキャッキャウフフと話し始めた。それでもリールエが血抜き作業の手を止めないのはさすがだな。
さて、俺も突っ立ってても仕方ない。リールエの作業を手伝うため、俺はギャル二人の輪の中に入っていくことにした。
◇◇◇
獲物をしっかりと木に吊り下げた後、俺たちは移動を再開することになった。帰り際に回収予定だ。
ちなみに意識を取り戻したヤクモは、今は自分の足で立っている。あのままマリナに抱かれていれば楽なのに、相変わらず楽をしたがらないヤツめ。
「おまたせ、ほいじゃ行こうか。とりあえずイズミンの好きに獲物を探し歩いていいけど、マジで罠には気をつけてなー?」
「あいよ。罠は俺もわかるし大丈夫」
【罠感知】スキルを持っているからな。さっきもリールエが気づかなければ、俺がヤクモの首根っこを掴んでいたよ。
なお、一緒にミドルホーンディアーを吊るしているときに、俺は作業のどさくさに紛れてリールエの腕に軽く触れてみた。
そしてさっそくスキルチェックをしたわけだ。その結果は以下のとおり。
《戦闘スキル》
【弓術】【投てき】
《特殊スキル》
【解体】【木登り】【俊足】【罠感知】【罠解除】【胸パッド】
このギャル、なかなかの才能の持ち主な気がする。さすが親が怪我をしても、ひとりで森に入っていこうとするだけのことはあるよ。
その中でも特に気になるスキル【胸パッド】だが――
《胸の大きさを偽装する技術じゃな。ワシがこの娘に抱かれてるときもフカフカして変な感触じゃと思っておったが……。まったく、胸の大きさなぞ気にせんでええのにのう。むしろささやかな胸のラインにこそ繊細な美しさがあらわれておるというのに、それがわからんアホがこの世には多いようじゃの。実に嘆かわしいことじゃわい。スキルポイント1を使用します。よろしいですか? YES/NO》
とのことだった。たしかに背は小さいけれどなかなかの物をお持ちだなと思っていたが、まさかそんな悲しい業を背負っていたとは……。
もちろんNOを押して、今見たことは忘れることにした。【罠解除】は習得してなかったので、サクッと覚えておいたよ。
「さて、なにを狩るかなー」
ぼそりとつぶやき、適当に森の奥へと進んでいく俺。【空間感知】でさまざまな獣を存在を感じてはいるが、どれがどんな獣なのかという細かいところまではわからない。
「なあマリナ、いつもはどんな獣の肉を仕入れてもらってんの?」
「さっきのミドルホーンディアーとかタイニーラビット、たまにワイルドボアとか?」
「ワイルドボアってここにもいるのか。それじゃそいつを狙ってみようかな」
アレならレクタ村の森でも狩ったことがある。いわゆるイノシシで魔物じゃないけど、肉がなかなか美味いんだよなあ……。
などとワイルドボアの厚切りステーキを思い出していた俺を、リールエがいぶかしげに見つめる。
「ワイルドボアは気をつけないとけっこー危ないからね。イズミン、マジでやれんの?」
「いけるいける。それじゃあワイルドボアを探してみるか」
【空間感知】で頭の中に浮かび上がる光点の動きや大きさで、ある程度は目標を絞れる。この場合、光点の中でも大きめの物を探せばいい――おっ、けっこう近くにいるな。これかな?
それから俺たちは少し進み、森の中を悠然と歩くワイルドボアを肉眼で捉えた。
「ほら、あそこだ」
「えっ、もう見つけたん? ……マジじゃん。てかデカすぎ……」
まだ距離はかなり離れてはいるが、ここからでもその異質な大きさは明らかだった。
あの大きさはレクタ村の森でもお目にかかったことがない。なんかもうアレくらいのデカさになると、脅威は魔物と変わらない気もする。
「イズミン、マジやれんの? あの大きさだとウチとパパの二人がかりでもかなり慎重にやるし、場合によっちゃ諦めるレベルだよ? 別に止めてもダサいって思わないから、止めとかない?」
「まあイケるよ。とりあえず見ててくれ」
俺が矢筒から矢を取り出すと、リールエは長いため息を吐いた。
「はあ~~……、わかった。でも一応すぐに逃げられるようにしとくからね? マリナもそのつもりでなー?」
「わっ、わかっ――」
緊張していたのか、震えた声で返事をしたマリナが後ずさりをした。すると足元の小枝を踏んでペキッと音が鳴った。
「ギャッ!」
マリナがビビって声を上げる。そっちの声のほうがデカいっての!
思ったとおりワイルドボアはこちらに顔を向けると、後ろ足で地面を数回蹴り上げ、次の瞬間にはいきなりフルスロットルしたバイクぐらいの勢いで突進してきた。
「ご、ごめーんイズミン!!」
「こうなりゃ逃げるよマリナ、イズミン! だいじょぶ、真っ直ぐにしか走れないから木の陰に隠れるようにジグザグに逃げれば――って、何してるん!?」
リールエの声は聞こえたが、俺はそれをスルーして弓を構える。そしてバカ正直に真っ直ぐ突進するワイルドボアに向かって矢を放った。
スコンッと軽い音を立てて、矢は狙い通りにワイルドボアの眉間に刺さる。
しかしワイルドボアは軽く頭を横に揺らした程度で、まだ突進の速度は落とさない。俺はさらにもう一発、眉間に撃ち込む。
次は速度が緩んだ――だが、まだ生きている。コイツの頭蓋骨硬すぎだろ!?
俺はさらに二発、連続で眉間を射抜いた。するとようやくワイルドボアの体が大きく揺らいだ。
そうしてたたらを踏むように二歩、三歩とふらついたワイルドボアに――トドメの一発。
弓の弦をぐっと引き絞って放った一撃は、これまでで一番深く眉間に突き刺さり、ようやくワイルドボアは前のめりになって倒れたのだった。
……ふう、マジでなかなかの耐久力だったな。もう魔物ってことでいいだろコイツ。
俺が密かに胸を撫で下ろしていると、リールエが俺と倒れたワイルドボアをキョロキョロと交互に見ていた。
「マ? えっ、マジでやれたん?」
「ああ、思ったよりも手強かったけどな」
「……よし、ちっと見てくる」
短く答えたリールエは倒れたワイルドボアにそろりそろりと近づいていき、覗き込むように腰を
「ぐえっ、矢が同じトコばっか刺さってるじゃん。なにこれヤバ……」
全部眉間に当ててやったからな。我ながらいい仕事だぜ。ヘッドショットは最高に気持ちいい。
「まあ……俺の弓の腕はこんな感じだよ」
俺はいい気分に浸りながらリールエに言ってやった。するとリールエは振り返り、俺を見てなんとも言えない表情を浮かべる。
「さっきはちょっとカッコよかったような気がしたけど、そのドヤ顔はマイナスだわイズミン……」
「イズミン、その顔やめたほうがいーよ……」
『仕事がデキる者は、表情に出さないもんじゃ』
三人からボコボコに言われる俺。なにそれちょっと酷くない? かっこいいことしたらドヤッとやりたいよ、だって男の子だもん。
とはいえ、澄まし顔でこれが当然ですけど何か? ってのもやってみたい気もする。俺は顔に出やすいので難易度が高そうだけどな。
俺は肩を落としながら眉間に矢が生えまくったワイルドボアに近づくと、ひとまず獲物をストレージに収納するのだった。
◇◇◇
それから俺はミドルホーンディアーを三匹、タイニーラビットを十匹、ワイルドボアを一匹狩った。ドレクスが現場復帰するまでには十分すぎる成果だろう。
久々の狩りを堪能したし、リールエも俺の腕を認めてくれたようだ。マリナもなんだか楽しそうだし、ヤクモは変に出しゃばらない。
俺は実に健康的で楽しい時間を過ごした。こういうのもたまにはいいもんだな。
そうしてそろそろ帰るかという空気になりつつあった頃、俺の【空間感知】はこちらに向かって歩いてくる複数の人の存在を捉えたのだった。
――後書き――
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