270話 従魔ヤクモの実力

 森へと足を踏み入れた俺たちは、けもの道をゆっくりと歩いていく。


 俺が薬草採集で通っていた森に比べると、どこか重苦しい雰囲気のある森だ。木こりが入っておらず、間伐がされていないからだろう。みっしりと生えた木々が日の光を遮っている。


 狩人が好んでこんな場所で狩りをするということは、人の手が加えられていないこの森だからこそ、野生の獣も数多く生息しているということなのかね? 実際【空間感知】にはたくさんの生物の存在を感じるし。


 そんなことを考えながら薄暗い森を見渡していると、先頭を歩くリールエが話しはじめた。


「ねーねー、イズミン。いまさらだけどさー、その従魔のヤクモちゃん? って、やっぱ狩りの手伝いもできるん?」


「え? あ……ああ、もちろんできるぞ」


「へー、どんなカンジ?」


 俺はコホンとひとつ咳払いをすると、ひと息に語り始める――


「従魔ヤクモ――その耳は獲物の微かな足音すらも聞き逃さず、その瞳は闇に潜む獲物の姿を確実に捉えるという。普段は月を映す湖面のように冷静沈着だが、ひとたび俺が命令を下すとその獰猛な獣性をあらわにし、鋭い牙で相手の喉笛を一瞬で噛み切るのだ――」


「え、なんで棒読みなん? ……でもまー、やっぱ従魔って激ヤバなんだねー」


「あたしも初めて聞いた。こんなカワイイのにマジか……」


 リールエとマリナがまじまじとヤクモを見つめながらつぶやく。


「ああ、すごいぞ。まあ普段はコイツを使うまでもないから、俺がやってるんだけどな」


 そうして俺たちからの視線を独り占めしているヤクモは、照れたように耳の裏をポリポリとかきながら念話を送ってきた。


『おいおいイズミ~。黙って聞いておれば、さすがに褒めすぎではないかの? たしかにワシはこの前の戦いにおいて、お前の窮地を救ったけどなー? じゃがなー、さすがに喉笛を噛み切るは言い過ぎじゃろうて。ワシそんなの怖くてよーせんし。まあ褒められて悪い気はせんが、情報の伝達は正確に頼むぞい? ムヒヒヒヒ』


 ニヤニヤとしまりのない表情を浮かべるヤクモ。俺としては丸ごと嘘っぱちのつもりだったのだが、ヤクモからすれば心当たりのある話らしい。先日のリザードマンの戦闘でほんの少しだけ活躍したせいだろう。


 ……うーむ、調子に乗らなきゃいいんだが。俺は釘を刺す意味でも、今のアホみたいな過大評価の目的を説明してやることにした。


『まあとにかく、そういうことにしとけって。お前がなんの力も持ってないことが周りにバレたら、お前が狙われることもあるかもしれないからな』


 バジみたいに元から勘違いしている人もいるけれど、周囲には強いと思わせておいたほうがヤクモの身も安全だろう。強いと思わせておいて損はない。


 だがヤクモは不服そうに口を曲げて言い返してきた。


『ふんっ、たしかに以前のワシに力はなかったと思うがな、それでもワシもこれまで幾度となく死闘を経験してきたことによって、なんかこう……眠っていた力が呼び起こされてきたような気がするのじゃ。本当じゃぞ? どれ、よおく見ておくがいい』


 そう言ってヤクモは先頭を歩くリールエの、さらに前を歩き始めた。そして得意げに口の端を吊り上げる。


『このような視界の悪い森じゃと、どこに危険が潜んでいるのかわからんもんじゃ。ここはひとつ、ワシが先頭に立ってお前らに降りかかる危険を事前に察知してやろう! 名付けて、ヤクモセキュリティソリューションじゃ!』


 ドヤ顔で言い放ち、キョロキョロと周りを見回すヤクモ。するとリールエが俺に振り返り、困ったように眉尻を下げた。


「あー、イズミン。ヤクモちゃんがすごいのはわかったけどさー、あんまり前をうろつかないように言ってくれるかな? この辺りは狩人の領域っていうか、初見さんにはちょいと危なくてさあ」


『むむっ!? 危ないからこそ、ワシが見張りをしているというのに、わかっとらん娘じゃのう。やはりワシが守護まもらねばならぬ……』


 不服そうにリールエを見上げるヤクモ。すると――


「ああっ、ほらそこっ!」


 突然リールエは鋭い声を上げると、ヤクモの首根っこを捕まえて抱き抱えた。


「フニャニャニュニャ!」

『ひょわっ、急に掴むな! ちょっとビックリしたではないか!』


「うわっ、暖かっ、柔らかっ! 永遠に抱いていたい……。ってそうじゃなくて、ほらヤクモちゃん? ここ見てみ?」


 そう言ってリールエが指差す先には――草むらに隠れるように鉄製の罠が置かれていた。足を入れると両サイドのギザギザがバタンと閉まる、いわゆるトラバサミというヤツだ。


『ヒエッ、なんじゃコレ!』


「こーゆー罠、置いたりしてんだよね、最近きたヨソ者の狩人がさー」


「そういやリールエは罠を使わないのか?」


 ちなみにキース兄妹なんかは使ってなかった。俺の狩人の先生があの二人だから、今まで罠のことなんかすっかり頭になかったけれど、そうだよな、罠猟ってのもあるよなあ。


「んー、ウチらは使わないけど、使う人もいるよ? でもね、使うなら使うで、ちゃんと他の狩人にわかるように近くの木に目印をつけないとダメなんよ。ほら、この罠ってどこにも目印がないっしょ? ウチのパパなんて罠を踏みそうになって、なんとか避けたものの足を滑らして……アレだしね」


 肩をすくめるリールエ。どうやらドレクスの怪我の原因も罠にあったようだ。


「ってわけでー、こういうルール無視の罠はこうしちゃいまーす」


 リールエは落ちていた太い枝を罠の中にぐいっと押し込む。すぐにトラバサミが閉じて、バギンと音を鳴らして鋭い刃が枝に食い込んだ。ヤクモが顔をこわばらせながらトラバサミを凝視する。


『ひえっ、こっ、こわっ。こんなんに挟まれたらワシの脚は……。そ、想像するだけで、体の力が抜けていくのじゃあばばばば……』


 ヤクモはリールエに抱かれたまま、ぐんにゃりと体を預けて放心状態になった。やれやれ言わんこっちゃない。



 ◇◇◇



 それから抱き枕と化したヤクモはリールエからマリナに所有権が移され、罠を警戒しながら俺たちはさらに森を進んでいく。ふいにリールエが足を止めた。


「獲物はっけーん。マリナ、ついでにイズミンよく見ててよ~」


 リールエが弓を構えた先にいるのは、角が妙に長いが前の世界の鹿のような獣。マリナが小声で「へー、ミドルホーンディアーじゃん」とつぶやく。


「けっこー大物だよー……えいっ」


 ぺろりと唇を舐めながら、リールエが矢を放った。腹部に矢が突き刺さったミドルホーンディアーは悲鳴を上げると、まるでロデオのように飛び跳ねながら暴れだす。


「それっそれっ!」


 さらに二射三射とミドルホーンディアーに矢を当てていくリールエ。暴れる標的に外すことなく当てる弓の腕はなかなかのものだ。


 そして四射目。急所に当たったのか、ビクンと体を震わせたミドルホーンディアーは、そのまま地面に倒れ込んだ。


「よーしよしよし、どんなもんよ? 見た? マリナ? 見たよね!?」


「う、うん。すごいじゃんリエピー」


 おそらく狩りを初めてみたんだろう、ちょいと引き気味ではあるけれど、リールエを称えるマリナ。


 リールエはマリナの返事にうなずくと、次に俺をじっと見つめた。


「おっ、おう。すごかったぞ」


 俺からも満足のいく答えを引き出したのだろう、リールエはニパッと満面の笑みを浮かべると、仕留めた獲物に向かってのしのしと歩きだした。嬉しそうでなによりだよ。



――後書き――


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