269話 オシャレサンダル

 狩場の森へと向かうギャルっぽい女の子二人と俺と狐。変な組み合わせだと思ったものの、町の門番には何も言われることなく外に出ることができた。


 門番は町を出ていく者に対してはわりとおおらかだったりする。入る時には身分証なり通行料が必要になるけどな。


 しかし森へと向かう途中、突然リールエが頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「ああー! マズッたーー!!」


「どしたんリエピー!?」


 マリナの声に、リールエはしゃがんだまま振り返る。その瞳はすでに涙目だ。


「ごめーん、マリナ~。ウチ、うっかりしてた。さすがにその靴じゃー、森に入るの無理かもー」


「えっ、マ!?」


 ぎょっとして足元を見るマリナ。そんなマリナの足元を包んでいるのは――オシャレ感が漂う水色のサンダル。……ああ、たしかにこれで森を歩くのはキツいかもしれない。


「ねーマリナ、山歩き用の靴って持ってる? ウチのを貸せればいいんだけど、マリナの足じゃ入らなさそーだし」


「ちょっ、あたしの足がデカいみたいに言うなって! リエピーが小さすぎるだけだし! ……てか、あたしは今履いてるようなのしか持ってないかも」


「うわーマジか、詰んだじゃん。せっかくマリナにウチのかっこいいところを見せようと思ったのにさー」


 がくりと両膝をつき、うなだれるリールエ。というか、そんなことを目論もくろんでいたのかよ。まぁ友達に普段の自分とは違う、かっこいいところを見せたいって気持ちはわからんではないけどさ。


 俺も中学生の頃、英会話教室に通って習得した本場の発音でクラスのみんなにイケてるところを披露しようとして――半年間、あだ名がアポゥ(Apple)になった悲しい過去があるからな。わかるよ……。


 リールエはしゃがみ込んだままブツブツとつぶやく。


「サンダルでも森の奥まで行かなきゃ大丈夫かなー? でもなー、万が一を考えるとやっぱナシだわな……。はー、マジつら……」


 なんだかこのままでは、狩り自体が中止になりそうな気がする。……そういうことなら――


「あーそうだ。靴なら俺が持ってたわ。それをマリナにやるよ」


 などと言いながら、俺は素早くツクモガミで検索した。


 さすがに今からマリナに足のサイズを聞くわけにはいかないので、勘を頼りに6800Gのレディース用トレッキングシューズをポチッと購入。さらに靴下もポチッ。


 そしてストレージ内で開封し、トレッキングシューズを自分の両手の上に取り出してみせた。すると最初に反応したのは、マリナではなくリールエだった。


「えっ、今の収納魔法? てか、めちゃ良さそうな靴じゃん! ヤバ、なにこれ!?」


 ストレージをあまり隠さない方針にした俺だが、ストレージよりも靴のほうに興味があるらしい。リールエは舐め回すようにトレッキングシューズをじろじろと眺めている。


「俺が昔履いていた靴なんだけど、成長して履けなくなってさ。なんとなく捨てずにとっておいたんだよ」


 ということにしておこう。レディース用だが地味なダークブラウンカラーを選んだので、俺のお下がりでもおかしくはないはずだ。


「へー、いいの持ってんじゃーん。マリナ、よかったね!」


 満面の笑みのリールエ。だがマリナは靴を受け取らず、遠慮がちに一歩後ろに下がった。


「ううん、こんな良さげな靴もらえないってば。売ればけっこー高くつきそうじゃん」


 マリナの隣ではリールエが「もらっちゃえ、もらっちゃえ!」とか言っている。そうだぞ、もらってくれ。俺はマリナの前に靴を突き出した。


「金はそれなりに稼いでるし、気にしないでいいって。それに履けない俺が持ってるよりも、マリナが使ったほうがいいだろ?」


「マジそれな? こんないい靴、履かないでいるのが逆にカワイソーだって!」


「……そ、そういうことなら……。ありがと、イズミン」


 二人がかりの攻勢に、ようやくトレッキングシューズと靴下を受け取ったマリナは、その場でそそくさと履き替えた。


「へへっ、どうかな?」


 マリナは地面を靴先でトントンと叩いた後、はにかんだ表情で両手を広げ、ジャーンとポーズを決める。


「おう、似合ってるぞ」

「ありよりのありー!」

「ンニャニャ」


 三者三様の答えに、マリナは顔を赤らめて口元を緩ませた。


「……イズミン、マジありがと。大切に使うからね」


「いや、本当にいらないモノだし、履き潰してくれていいからな」


「はぁ、そういうとこなんだよなあ……」


 ボソッとつぶやいて肩を落とすマリナ。どういうとこだよ。



 ◇◇◇



 それからしばらく歩き、俺たちは森の入り口に到着した。


 俺が薬草を採集していた森とは同じ森ではあるんだが、また違う場所とも言える。


 というのも、ライデルの町から見て北側にそびえ立つ山を取り囲むように広がっているこの森は、ライデルの町よりもずっと広く、森の端とその逆側では棲んでいる動物も結構違うのだそうだ。リールエがそう言っていた。


 この森はどういうわけか魔物があまり山から離れたがらず、森の浅いところは危険も少ない。そういう特色もあってか、ライデルの町に様々な恵みをもたらしている。


「お、誰も入ってなさそうか?」


 森の入り口付近に何も置かれていないのを見て、俺はつぶやく。


 狩人は同業に存在を知らせるために、ある程度入り口を決めて、なにか目印になるものを置いていくというローカルルールがある。狩人同士の事故を減らすための注意喚起だ。


 俺が薬草を取りに来ていたときも、目立つ場所に太い木の枝や大きな石なんかが置かれていた。


 だがリールエは心底嫌そうに顔をしかめて言い放つ。


「あー、それはわかんないよ。最近バカが狩場を荒らしてっからねー」


 ルールを無視するやつもいるってことか。そういやなにかモメてるみたいなことを言ってたっけ……。なんだか嫌な予感がしないでもない。


 ……いやいや、今回は単なる狩りだ。危険がいっぱいの魔物狩りとは違う。


 俺のちょっとした気分転換や運動を兼ねているだけの、お遊びみたいなものだ。なにも起こるはずがない。ないったらない。


 俺は軽く頭を振ると、前を歩いているリールエとマリナの背中を追いかけ、森へと入っていったのだった。



――後書き――


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