268話 ご近所さん

 俺はマリナと話した後、パパママにも獣を狩りに行くことを伝えた。


 我ながら弓を扱うことには自信があるんだけれど、それを知らないパパママからは心配もされたが、無理だと感じたらすぐに帰ると説明し、どうにか納得してもらえた。


 ちなみにマリナは特に心配している様子はなかったよ。それはそれでなんだか悲しい。


 そして俺はマリナと一緒に、狩人ドレクスの家に向かうことになった。獣を狩ってくるにしても、狩場を知らないことにはどうにもならないからな。ちなみにヤクモもついてきている。


『家主のために自ら名乗り出て働くとは、たいへん感心なことじゃな! 善きことに我らの力を使うのは、大いに結構であーる!』


 と、ご満悦の様子。さっきから尻尾をブンブンと振りながら俺の隣をのしのし歩いている。


 狩人ドレクスは祝福亭のご近所さんらしく、その辺の付き合いもあって彼から肉を仕入れているのだそうだ。ドレクスの娘はマリナと幼馴染らしい。


 祝福亭から町の外壁に向かって路地をしばらく進んでいくと、前を歩くマリナが足を緩めた。


 この辺りは広い通りに面した祝福亭とは違い、細い路地の左右に住居が立ち並んでいて雑多な印象を受ける。しかし高い建物は少ないせいか、空はとても広く見えた。


 いくつもの住居の中で、倉庫がくっついたような石造りの一軒家の扉をマリナが遠慮なしに開く。


「ちーす。リエピーいるー?」


 扉を開けるなり、声を上げるマリナ。しばらくするとドタドタと足音がして女の子がやってきた。彼女が例の幼馴染だろう。


 背は少し低く、後ろに大きくまとめたピンク髪と垂れた目が印象的。マリナと同じくどこかギャルみを感じる。


「うぇいうぇーい、マリナじゃん。今日は仕事っしょ、急にどしたん……ってか誰ソイツ~?」


 リエピーとやらは俺を見て、いぶかしげに眉をひそめる。


「それはおいおい紹介するとしてー、リエピー今だいじょぶ?」


「ん? ……まーいいけど。それじゃ外でよっか」


 リエピーは後ろ手に扉を閉めると、路地をてくてく歩き始めた。


 リエピーの後をついていき、やがて俺たちは人気ひとけの少ない路地の行き止まりにたどり着いた。


 そこでリエピーは近くに置いてあった大きな木箱にどかっと座り、俺を指差す。


「んで、コイツは誰なん? ……まさかカレシとかじゃないよねー? マリナってば面食いだしー」


「と、当然っしょ! ぜんぜんイケてないし、あたしの好みじゃないってば! イズミンはウチの宿に住んでるただのお客だから、マジで!」


 早口でまくしたてるマリナ。二人の口から俺の顔面偏差値について語られた気がするが、俺は心を無にして耐えた。


「……ふーん。それでー、マリナはそのイズミンとやらを連れて、なにしにきたわけさ?」


「あーそれがさ――」


 未だにうさんくさそうに俺を見つめるリエピーに、マリナはかくかくじかじかと説明し、ついでに俺の紹介もしてくれた。



「――へー。つまりそこのイズミンがウチらの代わりに狩りをするってことなん? でもさー、ウチもパパの手伝いで狩りをしてるけど、きっつい仕事だよ~? マジでできんの? キミ、なんか弱そーじゃん?」


 そう言って俺の体をじろじろと見るリエピー。俺の体はスキルの不思議パワーで以下略だ。そんな視線を遮るようにマリナが一歩前に出た。


「ちょい待ちってリエピー。本人ができるって言ってるからできるんだよ、多分。イズミンって口だけみたいなタイプじゃないし」


「……なになに、やたらそいつの肩もつじゃーん?」


「そりゃもう、ひと月くらいは顔を合わせてるしねー。悪いヤツじゃないのは保証するって。……まあ、色々とバカみたいなところもあるんだけどさ」


 呆れたような目で俺に振り返るマリナ。心当たりがあるので言い返せないのが悲しいところである。リエピーはしばらく俺を見つめた後、ひょいと首をすくめた。


「んー、おけ。マリナがそこまで言うならイズミンのことはわかったよ。……でも、パパに狩場を聞きに行くのはオススメしないかなー」


「もしかして、ドレクスさんの怪我ってかなり深刻なのか?」


 ここまでギャル二人で話していたところに、満を持して口を挟む俺。話ができるような状態じゃないっていうなら、俺がヒールでサクっと治しにいくんだけど。


「ううん、怪我は一週間も休めば大丈夫なんだけど、ウチのパパってば、基本的にヨソから来た狩人が嫌いなんよ。……最近もちょっとモメててイライラしっぱなしだし、絶対話なんか聞いてくれないって。今回の怪我もマリナんちには悪いけど、ウチのパパにはいい休養だと思うよマジで」


 なんならドレクスを回復させれば問題解決じゃね? と思ったりもしたが、休養になるというなら治すのも余計なお世話か。リエピーは木箱からよいしょと立ち上がった。


「だからウチが狩場を教えたげる。もともとパパの代わりにちょこっと狩りに行くつもりだったし。でも足を引っ張るようなら、そっこーで追い返すからそのつもりでー」


 そう言ってリエピーは木箱の中をがさごそと漁り、中から弓と矢を取り出した。わざわざこんなところに隠していたってことは――


「もしかしてドレクスさんには内緒で行くのか?」


「もち。パパは一人で狩りなんか絶対やらせてくんないからね。……あーでも、そうだなー。ウチも知らないオトコと二人っきりで森に行くのは怖いからなー」


 と、マリナをちらちら見るリエピー。マリナがはあーっと息を吐いた。


「わーった。わかったって。あたしもついてくから。いいよね? イズミン」


 ……うーむ。俺としては、場所だけ教えてもらって一人で狩る方が気楽なんだけど。でも、そう言って納得してもらえそうな雰囲気ではなさそうだよなあ……。


 などと俺が返事を言いあぐねていると、ヤクモの念話が届いた。


『なーに悩んどるんじゃ。夜の森の中、ホーンラビットの群れから狩人兄妹を助けたことを考えたら、昼間の森で娘のひとりやふたりと同行するくらい余裕じゃろがい』


 ひたすら首に巻き付いて震えていただけのヤツに言われたくはないけどな。とはいえ、たしかに今回はただの獣狩りだし……そうだな、気を張りすぎるのもよくないよなあ。


 今まで色々とトラブル続きのせいで、ちょっと心配性になっていたようだ。


「わかった。よろしく頼むよリエピー」


 俺が頭を下げると、リエピーがこくりと頷いた。


「りょ。あとリエピーって言うなし。あたしの名前はリールエだよん。マリナが言いにくいって、勝手にリエピー言ってんの」


 そう言ってくるんと背中を向けたリエピーことリールエと共に、俺たちは森へと向かったのだった。



――後書き――


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