272話 ヨソ者たち

【空間感知】により人っぽい光点が複数、こちらに向かってきていることがわかった。


 これが普通の同業者ならもちろんなにも問題はないのだが、もしも例のヨソ者たちだとすれば、遭遇するとなにかトラブルが起こりそうな気がしないでもない。


 ここまでは細い一本道。無理やり藪に入ればやりすごすことができるかもしれないけれど、まっすぐこちらに向かっているのが気にかかる。


 なにより……万が一ヨソ者がヤバい連中だとしたら、今後もこの森で狩りを続けることになるリールエが心配になってくるんだよな。


 まだ彼女と知り合って間もないけれど、悪い娘じゃなさそうだし、なにより世話になっているマリナの友達だ。あとついでに偽乳を知ってしまった罪悪感とか。


 とにかく、一度ヨソ者がどんな連中なのか実際に見ておいて、このモヤモヤを解消させたい気持ちがある。こういうのって余計なお世話なのかねえ……。


 などと俺がしばし悩んでいると、


『イズミよ、変な顔してどうしたんじゃ?』


 足元のヤクモが俺を見上げていた。変な顔はともかく、せっかくなので相談してみたところ――



『むむっ、そういうことなら一度きっちり調査をしてやらんとな! 職場のルールを守れん者がおることは、全体のモチベーションの低下や事故の発生につながるのじゃ。健全な職場環境づくりは大変結構な善行であーる! ぜひとも励むがよいっ!』


 尻尾をビンビンに立たせて、やる気あふれる様子でヤクモが答えた。


 神々が力を与えてるのだから、なるべくなら人のために善行を積めというのはヤクモがいつも言っていることだ。


 ヤクモに相談すれば、結果はこうなるのはわかっていたわけだが……俺もなんだかんだでお人好しなのかもしれないよなあ。


 俺はこっそりため息を吐き出すと、リールエにそろそろ帰ろうと伝え、そのまま真っ直ぐ帰路に向かったのだった。



 ◇◇◇



 ――しばらくすると木々の間から一人の男が現れた。ひょろっとした細身にぼさぼさの長髪。髪の隙間からは妙にギラついた目を覗かせている陰気そうな男だ。


 男はここまで寄り道することなく真っ直ぐ近づいてきていた。その動きはまるで最初から俺たちが目当てだったかのようだ。なにかしらのスキルを持っているのかもしれない。


【空間感知】ではこの男の他にも複数の光点があったが、目の前に現れる少し前に男のさらに後方に隠れている。怪しすぎてたまらん。


「げっ」


 男を見て、リールエは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 普通の同業者ならそんな顔をしない。ってことは、やっぱりコイツが例のヨソ者で間違いないなさそうだ。男が俺とマリナを見て口の端を吊り上げる。


「ヒヒッ、きょ、今日はお友達を連れて狩りにきたのか? 楽しそうで……結構なことじゃねえか。いつものイカツイ親父はどうしたんだ? なあ……?」


「そういうあんたは今日は一人? まあ今更あんたと話すことなんて何もないけど。ほら、いこ」


 狩りの行動を改めるように何度も忠告はしたが、まったく聞く耳を持たなかったらしい。そういう愚痴は狩りの合間に聞いていた。


 口早に答えたリールエは、俺たちを引き連れて道の端を歩いていく。すると男が通路を塞ぐようにリールエの前に立った。


「な、なんだよ、つれねえじゃねえか。お、俺ともう少し、おしゃべりをしていこうぜ? な? フヒヒッ」


「うっさい、いいからソコどけって」


「フヒッ、まあそう言うなよ。すぐ近くに俺らの家があるんだ。ちょっと寄っていけよ? な、いいだろ? ヒヒッ」


 薄気味悪い笑みを浮かべつつ、俺たちの背後を指差す男。どうやら山の近くに居を構えているようだが、それを聞いてリールエが怪訝な表情を浮かべた。


「は? あんたら町に住んでんじゃないの?」


「ヒャハッ、少しでなあ?」


「……あっそ、んじゃウチら帰るから。マリナ、イズミン行くよ」


 一瞬表情をこわばらせたリールエは、無理やり道の端を通って男の横を通り過ぎ、俺たちもそれに続いた。


「ちょっ、どしたんリエピー?」


 小走りになったリールエの横に並びマリナが尋ねると、リールエは足を止めずに言う。


「町に住まねーでこんなトコ住んでるって、たぶんお尋ね者かなんかだよ。こんなのさっさと町に帰って冒険者ギルドに報告っしょ」


 その言葉にマリナも顔を強張らせる。このまま俺たちをすんなりと帰してくれればいいんだが――と、そこで俺の【危険感知】が発動した。


 ハッと背後に振り返ると、目の前には矢が!?


「うわおっ!?」


 危ねっ! のけぞってなんとかかわす。持っててよかった【回避+1】。


 矢はそのままマリナの隣を通り過ぎ、近くの藪の中に入っていった。


「ちょっ! あんた何してんだよ!?」


 俺より先に抗議の声を上げるリールエ。弓を下げた男はニヤニヤした表情を崩さずに答える。


「ヒヒヒッ、す、すまねえな。タイニーラビットがいたもんでな? ほら、そこ」


 指差す方向にはたしかにタイニーラビットがいた。けれど、まったくこっちと方角が違う。俺を狙っていたのは明らかだ。


『むがー! なんじゃこやつ! もう少しでイズミに刺さるところじゃったのじゃ! 謝罪に誠意が足りんぞ! 誠意が!』


 ぷんすかと憤慨するヤクモだが、そもそも相手の言い分を信じてどうすんだ。


「……っ! なによあんたら!」


 さらに声を荒げるリールエ。見ると俺たちの前には長身男と小男の二人が立ち塞がっていた。


 長身男と小男の傍らには二匹の犬が控え、唸り声を上げて――いや、あれは犬じゃない。あの灰色の毛並と大きな爪はたしかロックウルフ、れっきとした魔物だ。


 もしかしてこの二人、従魔使いなのか? 俺は自称従魔使いの偽物だが、本物を見たのはこれが初めてだよ。


「なあザイン、もういいからさっさと連れてっちまおうぜ~」


 長身男が手に持った抜身のナタをゆらゆらと動かしながら口を開く。するとザインと呼ばれた、さっきまで俺たちと対峙していた陰気男が不快そうに眉をひそめた。


「バ、バカか? お前らには遊びが足りねえっての……。こ、こんなつまんねえ森の中に住んでんだぜ。少しは会話を楽しまねえと。……そ、そんなこともわかんねえのか?」


 ぶつぶつと呟くザインの言葉に、長身男が慌てて媚を売るような笑みを浮かべた。


「お、おうっ、それもそうだな! でもよ、万が一逃げられでもしたらさ、面倒だろ? それに今日はチビの女だけじゃなくて、さらに二人もいるじゃねえか。こんなうめえ機会なかなかねえと思ってよ……。わ、悪かったとは思ってるんだぜ?」


「ヒヒッ、たしかにこの機会を逃しちゃなんねえなあ……。それじゃあさらうとするか。フヒヒッ」


 俺たちの都合なんかお構いなしで話が進んでいく中、リールエが無言で弓を構え、すばやく矢を放った。矢が長身男の足元に刺さり、長身男がのけぞるように飛び退く。


「うおっ!?」


「次は当てるよ。あんたらさっさとそこをどきなよ」


「ヒャハッ! お、おおぉ、怖え、怖えな……! や、やる気か? ヒヒッ、手が震えてるぜ? ヒヒヒッ!」


 愉快そうに笑うザイン。たしかにリールエの弓を持つ手は震えている。人に向けて撃ったことなんてもちろんないのだろう。


 ザインはリールエの様子を楽しげに眺めながら、頭をボリボリとかいた。


「それじゃ、そ、そろそろ抵抗なんて無駄なことを、わからせてやるとするか? ヒッヒヒッ」


 突然ザインは指で輪っかを作り、口笛を吹いた。森全体に響き渡るような大きな音が鳴り響く。


 すぐに地鳴りと山の方角から何かが近づいてきた。その巨大な何かはザインを守るようにその前に立つと、自分の胸を何度も拳でゴンゴンと叩いて吠えた。


「グオオオオオオオオオオオオンッ!」


 白い体毛、不格好なくらいに巨大な拳。二本足で立つ大猿の魔物――


「ハンマーエイプ!?」


 リールエが目を見開くと、大男が得意げにハンマーエイプの太い腕をポンと軽く叩いた。


「そ、そうだよ。こないだ手懐けたばかりのハンマーエイプだ。俺らはもともと、コイツを手懐けるためにこの森に籠もっていたんだよ。知ってるか? C級の魔物なんだぜ、コイツ。ヒヒヒヒヒッ!」


 得意げに語るザイン。


 ハンマーエイプといえば、ライデルの町でも手練の冒険者であるバジたちが討伐に出向き、反撃に遭って死にかけた魔物だ。


 それを手懐けるってことは、この男は従魔使いとしてかなり腕が立つんじゃないか……?


 そんなハンマーエイプを見て、ヤクモがじりじりと後ろに下がりながら念話を届けてきた。


『フ、フン! いまさらハンマーエイプなぞ、イーグルショットで一発じゃろ! イズミ、やってやるがいい!』


『ちょっ、ちょい待てって。今の状況じゃいろいろマズい』


 前にはハンマーエイプ、後ろはロックウルフ。イーグルショットは撃つには若干時間がかかる。勘のいいヤツなら俺を背後から狙い放題だ。


 かといって乱戦に持ち込むにも、細い道で前後に挟まれているこの状況でギャル二人を守りきれるか不安がある。


『むむっ、それじゃあどうするんじゃい!?』


『とりあえず……おとなしく捕まってみるか。家に連れていくみたいなことを言ってたし、いきなり殺されたりしないだろ。それで隙を見てなんとかしようぜ』


 俺の提案にヤクモが疑わしそうに目を細める。


『お前……。それって大丈夫なのか? 前も余裕ぶっこいて捕まっておきながら、ドチャクソ失敗したことがあったじゃろがい!』


『今度は大丈夫だっての、マジで!』


 などと言い合いをしていると、背後の二人がゆっくりと近づいてきた。


「へへっ、そっちの男はビビって声も出ねえようだな。まあおとなしくしてりゃあ、悪いようにはしねえぜ。……壊れるまで十分かわいがってやるからな?」


 と、長身男が俺の尻をむにっと撫でた。うげっ、またしても俺に貞操の危機が迫るのか……。しかしすぐにザインが声を上げる。


「ま、待てよ! そういうのはアジトに戻ってから、ゆっくり、ゆっくりと楽しむんだからな! お、俺の言うことが聞けないようなら――」


 グルルルルとハンマーエイプが唸り声を上げる。


「わ、わかってるってザイン! 謝るって。ほら、な?」


 長身男が俺から離れて両手を上げる。どうやらザインがこの三人組のリーダーで、従魔の力を誇示してグループをまとめているようだ。


「フヒッ、まさか男の子もいるなんてな。イカツイ親父は好みじゃなかったけど、お、お前みたいなのは大好物だ。ヒヒッ、たあくさんかわいがってやるからな。フヒヒヒッ!」


 ヒエッ、コイツもなのかよ……。


 女の子二人じゃなくて、まずは俺にターゲットが向いていることを喜ぶべきか? いや、素直に喜べるわけないだろ……。うわ、すごい鳥肌立ってるよ。


 俺は全身に走る悪寒に耐えながら、森の中を三人組に連行されることになった。人生三度目の囚われの身である。

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