273話 従魔スキル

 俺たちは手を縛られ、前をザイン、背後を長身男と小男、さらには従魔たちにも挟まれながら、森のさらに奥へと連行されていく。


「ごめんマリナ、イズミン。ウチのせいだ……」


 うつむいたままか細い声を漏らすリールエ。


 彼女は責任を感じているようだけど、俺としてはヨソ者たちが今日になって本性を晒してくれたことに少し安堵していたりする。


 うやむやのまま俺の目の届かないところで――なんてことにならなくて、本当によかったと思うよ。


 こうなると、後は俺がギャル二人を守りつつ、ヨソ者たちを冒険者ギルドに突き出すためにがんばるだけだ。


「大丈夫。俺がなんとかするから」


 我ながらガラではないとは思うけど、弱気になっているリールエに小声で伝えてやる。


「そ、そうだよ。イズミンならなんとかしてくれるって。それにヤクモちゃんだっているし!」


 マリナが俺に追随するように言葉を重ねた。そういえば頼りになる秘密兵器(大嘘)、ヤクモの存在もあったな。


「ウニャンニャ、ニャーニャン、ニャ?」

『そうじゃそうじゃ、イズミがなんとかするじゃろ。うん、たぶんな?』


 言ってる内容はまったく頼りにならないわけだが、ヤクモの鳴き声を聞いてリールエは顔を上げると、弱々しいながらも俺たちに笑みを浮かべてみせた。


「にひ、それじゃ期待しちゃおっかな」


 空元気かもしれないけれど、落ち込んでいるよりはいい。やっぱギャルは明るくないとな。


 ……さてと、それじゃあやれることからやっていこう。まずは男に尻を触られてしまった事案を有効活用するのだ。俺の尻は高くつくぜ。


 俺はツクモガミで習得可能スキルをチェックすることにした。いつぞやのバージョンアップで片手操作が可能になったので、手首を縛られていても平気だ。


 モニターに事前に触られた長身男のスキルが表示され――


 もはや悪人御用達のスキルとして見慣れた感のある【悪心】と【遠目】【男好き】【従魔】があった。


 俺は【従魔】をポチッと選択。


《魔物を意のままに操るスキルじゃ。ところでこの状況、ワシめっちゃ不安なんじゃが本当に大丈夫なのかのう? ちょいとお前のプランについてプレゼンしてくれんか? スキルポイント55を使用します。よろしいですか? YES/NO》


 面倒くさいヤクモの言葉はスルーしてYESを押す。スキルを習得した際の衝撃に備え、グッと腹に力を入れていたのだが――あばばっ!


「おい、勝手に動くんじゃねえぞ!?」


 消費ポイントが大きかったせいか、かなりの衝撃がきてしまった。俺が体を揺らしていたことに目ざとく気づいた長身男が声を荒げる。


 ここは俺が学生時代、三日間の演劇部生活で鍛えた生身の演劇スキルの出番だ。俺はなるべく媚びへつらった表情で、長身男にぺこぺこと頭を下げた。


「へへっ、すいやせん……。さっき尻を触られたせいか、ちょっと感じてしまいやして」


「うわっ……」

『ひいっ……』


 リールエとマリナ、ヤクモがドン引きしたように俺から半歩離れる。だが長身男はまんざらでもなさそうに自分の顎を撫でた。


「へえ……かわいいところあんじゃねえか。ふふ……」


 気を良くした長身男は会話を続けるつもりらしく、俺のすぐ横を歩いているヤクモに目を向ける。


「ところで……お前のって、従魔だよな?」


「あっ、ハイ。そうです」


「ふうん。まあ従魔といっても、そんな弱そうな小狐一匹なら大した腕じゃなさそうだが……」


 まじまじとヤクモを見つめた長身男は、いたずらを思いついたようにニヤリと笑うと、ヤクモに向かって大声を上げた。


「『テイム』!」


『ほわっ! 急になんじゃ!?』


 いきなり怒鳴りつけられ、ヤクモはビクッと体を震わせる。


「あれ? 『テイム』! 『テイム』!」


『ひええ! なんじゃいこやつ! イズミなんとかしてくれい! なんか怖いのじゃっ!』


「くそっ! 『テイム』! 『テイム』! 『テイム』!」


 怯えて縮こまるヤクモと、ムキになったようにテイムと繰り返す長身男。すると前を歩くザインが呆れたような顔で振り返った。


「バ、バァカ。俺ならともかく、お前程度の腕前で使役の上書きは無理だろ」


 どうやら長身男は嫌がらせでヤクモを従魔化しようとしたらしい。まあ魔物じゃないのでどのみち無理だとは思うけど、腕前のせいだと勘違いしてくれたようだ。さらにザインは話を続ける。


「それになあ……上手くいったとしても、二匹同時の使役はヘタすりゃロックウルフの従魔化が解けちまうかもな、ヒヒッ。し、死にたくなかったら、やめとけえ……」


「ちぇっ、こんな雑魚ならいけると思ったんだがなあ。……なあザイン、コイツも従魔使いみたいだし、仲間にするってのはどうだ?」


 俺を仲間に入れようと提案する長身男。どうやら俺は長身男に気に入られてしまったようだ。俺の演技スキルも捨てたもんじゃないな。


 だがザインは俺を一瞥すると、吐き捨てるように言った。


「そ、そんな雑魚しか従魔にできないような野郎、いらねえよ。ど、奴隷としてなら飼ってやってもいいがな」


「それもそうか……。まあ奴隷じゃねえと好きなように遊べねえしな。へへっ、残念だったな?」


 長身男が俺をからかうように笑った。仲間として入り込めれば色々とやりやすくなりそうだと思ったけれど、そうそう上手くもいかないらしい。



 ◇◇◇



 俺たちが連行されたのは、森の中のぽっかりとひらけた場所に建っている古い木造の小屋だった。


 かつて誰かが使っていた小屋を、あの従魔使い三人組が再利用しているだろう。ボロボロの壁にはところどころ穴が空いており、それを土で埋めるように修繕された跡もあった。


 従魔使い三人組は魔道鞄を持っていたようで、そこからリールエが血抜きをして吊っていたミドルホーンディアーを取り出す。行きがけに盗んでいたようだ。


 悔しそうに見つめるリールエをよそに、長身男と小男はそれを冷やすために近くにある小川へと向かった。俺たちとのなんやかんやは後のお楽しみらしい。


 一人残ったザインは従魔のハンマーエイプを横に侍らせながら、俺たちの足首を荒縄で縛っていく。コイツはこの作業が好きらしく、終始気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「ヒヒッ、日が暮れたら、たっぷり遊んでやるからよぉ。それまでせいぜい恐怖と後悔に震えていてくれ……。か、かといって逃げ出そうとは思わないことだな。コイツに見つかったら……手足の一本は覚悟しねえといけねえぞ? ヒヒヒッ」


「グルオオオオオンッ!」


 ザインに呼応するようにハンマーエイプがひと吠えし、マリナとリールエ、ついでにヤクモもビクリと体を震わせる。


 それを見て満足げに舌なめずりをしたザインは、俺たちを小屋の中の一室に押し込めると、大きな音を立てて強く扉を閉めた。



 ◇◇◇



 そこは小窓からうっすらと光が差し込む、四畳ほどの小さな部屋だった。壁には壊れたランタンが吊るされ、床にはぼろぼろの毛皮や布切れ、ワラが散らばっている。もともとは倉庫として使われていたのかもしれない。


 もちろんカギもついていないのだが、ハンマーエイプが睨みを利かせているので、ザインは気にもしてなさそうだ。俺の首に巻き付いたままのヤクモも放置しているくらいだし。


【空間感知】によると、ザインは手前の部屋の中央にどっかりと腰を下ろしているようだった。なにやら悪趣味のようだし、俺たちがここで泣いたりわめいたりするのを耳を澄まして期待しているのかもしれない。


 とにかくようやく落ち着くことができた俺は、まずは【縄抜け】で手首の縄を外した。ギャルたちが口をパクパクさせて驚いてるが、静かにしてくれよなと目配せ。


 コクリと頷く二人に頷き返すと、足首を縛られた際に触れたザインのスキルをチェックした。


【加虐心】【人間不信】【露出狂】【傲慢】【癇癪持ち】【愉悦】【男好き】【獣好き】……と、ロクなスキルが並んでないが、最後に【従魔】があった。


 ふーむ、【従魔】か。って、ことは……やっぱり――


『覚える価値のないスキルを眺めて、なにしとるんじゃ? それよりほれ、ここの壁は薄いから今度こそ【壁抜け+1】で逃げられそうじゃぞ。はよう逃げよう、はよ! はよ!』


 考えをまとめようとしていると、ヤクモが首に巻き付いたままそわそわと体を揺らす。というか、ここまで来て逃げてどうすんだ。あいつらを捕まえるんだよ、俺は。


 再びヤクモをスルーしつつ、俺はギャル二人の手首の縄を解いてやった。


「あんがとイズミン。あんにゃろキツく縛りやがって……」


「てかイズミンが自分の縄をすんなり解いたことにビックリしてんだけど。ヤバくね?」


 小声でヒソヒソとつぶやく二人。そしてリールエがぐっと拳に力を込めて俺に言った。


「でもお陰でなんとかなりそうじゃん? 後は隙を見て逃げるだけっしょ」


「うーん、逃げるのはあまりおすすめしないなあ……。それよりも俺にいい策がある」


「マ? そういうことなら協力するし。ウチにやれることがあるなら何でも言って」


「あ、あたしも!」


 ぐっと顔を近づけるギャル二人。それなら是非とも手伝ってもらおう。そのためにもまずはツクモガミでロープを購入だ。


 ロープはなるべく長くて頑丈なのがいい。そうなるとアウトドアグッズにいいのが売っていそうな気がする。


 俺は【アウトドアおじさん】の出品欄から検索。すると予想どおり、パラコードというちょうど良さそうなものが出品されていた。


 商品説明欄によると、パラコードとは元々パラシュート用のロープとして使われていた物で、強度や耐久性が高いことから今ではアウトドアでも愛用されているロープなんだそうだ。


 これなら大丈夫だろう。俺はポチッと購入。四本セットで1000Gだった。


 そしていつものように入っていた、アウトドアおじさんのお手紙もさらっと読む。


『アウトドア婚活パーティーを間近に控え、女性ウケしそうな色合いのパラコードを購入したので、不要となったこちらを出品することになりました(^^; ところで、ロープにはいろいろな結び方がありまして、それらはアウトドアを楽しむ上でとても役に立ちます(^^)v 今回はその一部を記載しておきますので、よろしければご覧ください。あっ、もちろんご存知のようならお聞き流してくださいね(^^; それではまずは、もやい結びから――』


 後は延々といろんなロープの結び方についての説明が記載されていた。手書きの図説入りである。


 熱の入りようが半端ない気がしないでもないけれど、婚活パーティが近づきテンションが上がっているのだろう。がんばってくれ、アウトドアおじさん。


 俺はアウトドアおじさんの健闘を祈りつつ、ストレージからシンプルな黒色のパラコードを取り出した。


 ぐっと引っ張ってみたけれど、ちぎれそうにない頑丈なロープだ。これなら大丈夫だろう。


「それであいつらを捕まえるってわけ? 弓は取り上げられたし、ウチはおとりになろうか?」


 体を寄せてひそひそと耳元でリールエがつぶやく。長身アニキに触られたときは大嘘をついたが、耳に息を吹きかけるのは普通に効くのでカンベンしてくれ。


 俺は悶えそうになるのに耐えると、リールエにきっぱり言ってやる。


「囮にならなくていい」


「りょ。それじゃ何をやろっか?」


 やる気に満ち溢れているのか、前のめりになるリールエとマリナ。俺は二人の瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。


「このロープで俺をきつく縛ってほしい。そして寝そべった俺を思いっきり尻で踏んづけてくれ」


「は?」


 ギャル二人の視線が痛い。だが俺は本気だ。



――後書き――


 今回久々に登場した【アウトドアおじさん】の書き下ろし短編が読める書籍版『フリマスキル』は9月15日発売しました!続刊のためにもぜひぜひご購入をよろしくお願いします!

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