146話 マルレーン

 アレサとローブの女の子はしばらく話し込み、最終的に女の子がこくりと頷く。そこでアレサが俺を手招きしたので、ヤクモを引き連れて二人が座っているテーブルへと向かった。


「はい、自己紹介」


 アレサが女の子の肩をポンと叩いた。俺が椅子に座ると、女の子は俯いて目線を合わせることなくぼそぼそと口を開く。


「わ、私、マ、マルレーンといいます。歳は十七、冒険者ランクはE級です……」


「えっと、アレサさん……?」


 F級の俺が言えた義理ではないかもしれないが、C級推奨の魔物を倒すのにE級を連れてこられてもな……。言外にそれを伝えると、アレサがいたずらっぽく笑った。


「あら、不服みたいね? でも安心して。このコは本当に実力があるの」


「はあ……」


 俺は気の抜けた返事をしながら女の子をじっくりと観察する。俯いてるので不躾ぶしつけに見放題だ。


 髪の毛は茶色のストレートロング。自信なさげに俯いてはいるが、整った顔をしていてなかなかかわいい。


 ただ、地味でダボダボな紺色のローブの圧倒的存在感が、その印象を覆い隠してるように思える。見るからに魔法が使えそうな格好だが……。


『イズミ、お前は採用する側なんじゃからな。つまりは人事担当じゃ。わからないことがあれば聞いてみればよかろう』


 服装からジョブを想像していると、ヤクモからメッセージが届いた。それもそうだ、これっていわば面接だよな。いくつか質問してもいいだろう。


 一瞬、「あなたを物に例えると?」「潤滑油です!」なんて定番を聞いてみたくなったが、ここは真面目に聞くことにした。


「ええと、マルレーンさんのジョブを教えてもらっていいですか?」


「わ、私のジョブは、魔術師です。いくつか攻撃魔法が使えます」


 ぼそぼそとマルレーンが答える。ほう、攻撃魔法とな。まだ攻撃魔法は見たことがない。


「どういう魔法が使えるのか、教えてもらうことってできますか?」


「ウィンドカッターとマジックミサイルです……他は、その、秘密です」


 なんと、最低でも三つ以上あるのか、採用しなくても後でこっそり触ってスキルを覚えておきたい。そこでアレサが後押しをするように口を挟んだ。


「風の魔法と無属性の魔法。トレント族とやりあうにはちょうどいい魔法だと思わない? 少なくともC級推奨の魔物と渡り合える実力はあると思うわよ」


「でも、そんな実力者がどうしてE級にいるんです?」


 俺の問いかけに、アレサはマルレーンの頭をぽんぽんと撫でながら苦笑を漏らす。


「まあご覧の通りちょっと……気弱なコでね。普段はF級ですら狩らないような魔物ばかり狩り続けて生計を立てているの。でもたまにD級の魔物と遭遇なんかしちゃって、逃げ切れない時は倒したりもしてるのよ。本当ならE級よりも上に上がれる実績もあるんだけど、これ以上は昇級する気ないんですって」


 まあ昇級したら会費も高くなるし、依頼をより好みしないのならさほどメリットはないもんな。わからんでもない。


「私としては、このコにもっと自信を持ってほしくてね……。今回の話はこのコにとってもいい機会だと思うのよ。ねえイズミ君、パーティに入れてあげてくれない?」


「って、アレサさんは言ってるけど、マルレーンさんはどう思ってるの?」


 アレサの気持ちはわかったけれど、重要なのは本人のやる気だよな。無理やり連れていくのは気が引ける。マルレーンは初めて顔を上げると、ふんすと気合の乗った顔で口を開いた。


「わ、私はアレサお姉さまが言うなら、間違いないと思うので、問題ありま……せん!」


「お姉さま?」


「ふふ、このコったらすごく私を慕ってくれてるの」


 女の子でもやはりアレサのファンってことか。アレサの人気は半端ないな。


「とりあえずマルレーンさんのことはわかりました。パーティに参加してほしいと思います。……でも俺、前衛さんを探してたんですよね。アレサさん、前衛さんも一人紹介してもらえませんか?」


 俺は弓を撃ったり、回復したり、離れて戦いたいスタイルだ。この間、ナッシュとロックウルフを倒したときだって、ナッシュが盾になってくれたのは非常にありがたかった。


 だが俺のリクエストにアレサがきょとんとした顔になった。


「え? でもイズミ君、ナッシュと棒術でやり合ってたでしょ? あなた前衛もいけるんじゃなくて?」


「いやまあ、それはそうなんですけど……」


 前衛向けのスキルも結構習得しているからな。でもやりたいかどうかは別だ。だがアレサは無理やり話をまとめるようにパンと手を叩く。


「よし、それじゃあ決まりね! 大丈夫、二人ならきっとエルダートレントに勝てるわ」


『うむ! イズミなら前衛でも問題なかろう! このワシが保証しよう! スキルを信じるのじゃ! 後は気合と根性じゃい!』


 いつも思うけど、ヤクモってなんでこんなに自信満々なんだろうね。だが二人から太鼓判を押されると、俺も少しはやる気になってきた。


「わかりました。そういうことなら二人でやってみます。マルレーンさんもよろしく」


「よ、よろしくお願いします……! 後、私なんかにさん付けなんてしなくていいんで……マルレーンと呼び捨ててやってください」


 緊張した面持ちで答えるマルレーン。まあそういうことならそれでいこう。


「わかった、よろしくマルレーン。それじゃさっそく作戦会議みたいなのを開きたいんだけど、ちょっと席を移さないか?」


「わ、わかりました!」


 せっかくだからバジたちにも話を聞いたほうがいいよな。さっきから俺たちを気にしてくれてるのか、こっちをちらちらと見てるし。


 俺が席を立ちバジに顔を向けると、バジがニカッと笑って手招きをした。


 傍目はためにみると凶悪にしか見えない、そんな顔を見て青ざめたマルレーンに苦笑しながら、俺たちはバジのテーブルへと向かったのだった。

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