192話 ソードフロッグ

 コーネリアは三十メートルほど先にある、深緑色に濁った沼の方を指差す。


 その沼のすぐ近くの草むらには、四リットルペットボトルを横に二つ並べたくらいの大きさの灰色のカエルが四匹、ぴょこんと飛び跳ねながら喉を膨らませている姿が見えた。


 どうやらアレがソードフロッグのようだ。小さければ可愛げのある光景に見えなくもないのだけれど、カエルにしてはデカすぎる。


 こちらに気づく前に倒したいところだが……うん、この距離からなら十分に狙えそうだ。


「ありがとうございます。それじゃ今から弓で射りますね」


 俺はコーネリアにそう伝え、背負った弓を手に取った。


 するとコーネリアは獰猛な笑みを浮かべながら、腰に結びつけた鞄から普通の長剣の二倍ほどの幅の大剣を取り出す。


 手ぶらだなとは思っていたが、どうやらコーネリアは大剣を鞘にではなく魔道鞄に入れて持ち歩いているようだ。大剣を背負うという行為にロマンを感じない人らしい。


「よし、わかった。こっちに向かってくる分はあたしがなんとかするから、イズミはとにかく落ち着いて一匹仕留めるんだよ」


 落ち着いて一匹か……。


「なるべくコーネリアさんの出番がこないように頑張ります」


「ん? どういうことだい?」


 きょとんとした顔つきでコーネリアが問いかけるが、今は標的の動き、風向き、共にベストのタイミングだ。


 俺は返事を後回しにして矢筒から四本の矢を掴むと、そのうちの一本をつがえてソードフロッグに向けて放った。


 矢は風に乗り、ヒュンと耳当たりのいい音を鳴らしながら真っ直ぐソードフロッグへと飛んでいく。


 俺は次の矢をつがえると、一本目がソードフロッグに到達する前に別の一匹に向かって二本目を撃ち込んだ。


 一本目が吸い込まれるようにソードフロッグの喉元を刺し貫く。突然の出来事に一瞬硬直するソードフロッグたち。俺は三本目、四本目の矢も続けて放った。


 そして四本の矢がすべて狙い通りに喉元に突き刺さると、四匹のソードフロッグは鳴き声も上げることなく、べたんと地面に突っ伏したのだった。


 殲滅完了だ。さすがD級推奨の魔物だけあって、大した強さじゃないらしい。


「周囲には……他にいませんね。それじゃあ獲物を取りにいきましょうか」


「おっ、おう……」


 あんぐりと口を半開きにしたままコーネリアが答えた。


 返事はしたもののまだ固まっているコーネリアを置いて、俺は倒したソードフロッグへと足を進める。すると首に巻き付いているヤクモが、俺を見ながら不思議そうに首をかしげた。


『……イズミ、なんじゃその顔?』


 自分でもわかった。たぶん俺、今めっちゃドヤ顔してる。



 ◇◇◇



 横たわっているソードフロッグに近づくと、首元のヤクモがぶるっと震えた。


『うわっ、キモいのじゃ……』


 絶命しているせいか、それぞれが口からだらんと舌を出しているからな。舌が妙に長くてたしかにキモい。


 その様子をなんとなく観察していると、背後のコーネリアから声がかかった。


「こいつはこの舌をまるで剣のように使って攻撃してくるんだよ」


「鞭じゃなくて、剣ですか?」


 鞭ならなんとなくわかるんだがなあ。俺は枝を使って舌をつついてみたが、舌はぐにゃりと柔らかな感触を返してきている。


「ああ、どういう理屈かは知らないけれど、攻撃する瞬間だけ鋭く固くなるんだよ。油断して首をスパッと切られて死んじまうヤツもいるそうだ」


『魔力のなせる技じゃろうな。魔物はどこか不思議な能力を持っていることがある。イズミもゆめゆめ油断はせぬことじゃな』


『もちろん油断するつもりはないよ』


 ただしうまくいったらドヤ顔くらいは許してほしい。


 俺はずっしりと重いソードフロッグを手に持つと、いそいそと鞄の中に投げ入れていく。


 そして試しに一匹だけツクモガミで出品してみることにした。買取価格は3800Gと結構高い。


 これはできるだけ乱獲して依頼で現金を、そして出品でゴールドもゲットしたいところだ。


「依頼だと五十匹まで買い取ってくれるみたいなんで、たくさん集める予定なんですけど、どこかもっと棲息している場所ってありますか?」


「五十匹も集めるつもりなのかい!? そんなのいくらD級の魔物とはいえ、あたしたちでも骨が折れそうな数だよ……。でも、あんたならやっちまいそうだね。わかった、連れて行ってやるよ」


 口の端を吊り上げてコーネリアが答えた。話が早くて助かる。どうやらさっきの戦闘で、俺の力はある程度認めてもらえたようだ。


 それから俺とコーネリアはしばらく周辺の沼や水たまりを探してまわり、昼になるまでにソードフロッグを二十匹ほど倒したのだった。

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