191話 ぐちゅぐちゅ
ぬかるんだ地面がぐちゅぐちゅと音を立てるのを聞きながら、コーネリアの後ろを歩く。
しばらく歩いていると、足の裏にじわりと冷たい感触を覚えた。どうやらついにブーツの中に水が入ってきたらしい。
もちろんこれくらいは我慢できるのだが、こんなぬかるんだ地面で魔物と戦えるのかという不安は残る。いざという時に足を滑らせたらそれこそ一大事だ。
そんな俺に比べ、前を歩くコーネリアの足取りはとてもしっかりとしていた。滑らないようにややガニ股で歩く俺とは段違いだ。なんかコツでもあるのかね? ちょっと話を聞いてみよう。
「あのー、コーネリアさんは足元のぬかるみが気になりませんか?」
「ん……? ああ、そうか……。あたしたちは湿地帯に行くってことで、滑りにくくて水も弾く特注のブーツを用意したからねえ。それのお陰でこのくらいは平気なのさ。魔物の革で作られているせいで値段は張ったけどね」
そう言いながらコーネリアは片足を俺の方へと向けた。たしかによく見れば革が俺のブーツよりもツルッとしていて、それでいて分厚い。
なるほど、たしかにこれなら少し濡れたくらいで水が入ってきそうにないし、靴底の溝も深くてグリップが効きそうに見える。
それに比べると俺が履いているブーツは、レクタ村の親父さんのお下がりだったからな。履き心地は悪くないのだけれど、防水性なんてモノはないし、靴底もほぼ真っ平らだ。
「どうする? 足元が気になるようなら、一旦戻ってナッシュのブーツでも借りてくるかい? あんたなら黙って借りてこようが、なんなら貰っちまおうが、アイツは文句を言わないと思うよ」
「いやあさすがにそれは……」
ナッシュに悪いし、これからまた往復するのは面倒くさいし時間もかかる。かと言って、このまま進むってのも不安が残るんだよなあ。……よし、こういうときこそツクモガミの出番だ。
「あー。そうだ、アレが使えるなー。ちょっと待っててください」
俺は白々しく呟き、後ろを向いて鞄を漁るフリをしながら、ささっとツクモガミで検索を開始した。探したのは長靴――よりもさらに水場の作業に適しているウェーダーというやつだ。
ズボンと長靴が一体型になった物で、胸や腰の辺りから伸びたサスペンダーで肩で固定する物が一般的。前の世界では釣り人や農作業中の人が穿いているのを見たことがある。
そうして俺が選んだのは普通のウェーダーよりは短くて股下までしかない、ヒップウェーダーという物だ。
これは長靴の延長版のようなもので片足ずつ独立しており、穿いた後でベルトで吊るして固定するらしい。
俺が購入したのはシンプルな黒色のヒップウェーダー。値段は5500G。靴底もしっかり溝が彫られているので、これなら少なくとも今履いているブーツよりはマシだろう。
さっそくストレージから取り出したウェーダーをその場で靴だけ脱いで着替えていると、興味深げに片眉を上げたコーネリアが口を開く。
「へえ、良い物を持ってるじゃないか。素材も……見たことない革のようだ。なにかの魔物なのかい?」
「いやあ、貰い物なんでよく知らないんです」
「ふうん。……まっ、詮索はしないけどな。昨日だけでもあんたはあたしの理解をいろいろと超えてきているからね……」
口元をヒクつかせながらコーネリアが言った。アレは昨日俺がキュアのレベルアップをしようとしていた際に、奇行を目撃しドン引きしていた時と同じ顔だ。
「そりゃどうも……」
返事をしながらヒップウェーダーを穿き終えた。
思ったとおりに長靴部分はしっかりと俺の足を包み込み、安心感が半端ない。これなら中に水が入ってくることは無いだろうし、さっきまでよりも地面とのグリップ力は段違いだ。
「よし、それじゃあ行くかい」
くるっと背中を向いて前に進み始めるコーネリア。コーネリアと同じように俺を興味深く見ていたヤクモから念話が届く。
『なーイズミー。その長靴ってワシ用の物とかないかの?』
ヤクモも相変わらず泥が気になるらしい。長靴をはいた猫ならぬ狐か……。
湿地帯を歩きながら興味本位でツクモガミで検索すると、なんとペット用のレインブーツなんてものが出品されているのを発見した。マジかよ、こんなものあるのかよ。
やはり犬なんかもヤクモと同じく、濡れた足元は嫌がるものなのかね? それともファッション的なもの? まあどっちにしろ、興味本位で探しただけでさすがにこれを買うつもりはない。
『しゃーない。首に巻き付いときな』
俺はヤクモを持ち上げるとアクアで足元の泥を洗い流し、自分の首に巻きつけた。ちょっと冷やっこいが、これくらいなら問題ない。
『むむっ、すまんのう……』
申し訳なさそうにヤクモが呟く。まあ、このまま湿地帯を進んでいけば、やがて周辺の草も膝のあたりまで伸びてきそうだ。ヤクモの大きさだと全身が埋まりかねんからな。
そうしてさらに湿地帯を奥へと進んでいくと、ふいにコーネリアは足を止め声を潜めた。
「――いたよ、ソードフロッグだ」
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