288話 キースのお宅訪問
俺とヤクモはキースの家へと向かった。途中で会った村人に聞いたところ、
そうして到着したキース宅は、兄妹ふたりが住むには少し大きいくらいの平屋の建物で、少し離れた場所には解体用に使われている小屋もある。
前に訪れたときと見た目は変わらないけれど、なんだかひっそりと静まり返った雰囲気を感じる。
「おーい、キースいるかー?」
声をかけながらキース宅の扉を開けると、家の中ではしゃがみ込んで太い木の棒を削っているキースがいた。
うん、たしかにいるんだけど、俺の【気配感知】に反応しないくらいに気配が薄い。なんだこれ……。
だがそんな心配をよそに、キースが作業を止めてこちらを見上げた。
「おお? イズミじゃないか。戻ってきていたのか、久しぶりだな」
眉間にシワを寄せつつも笑みを浮かべるキース。見たところ普段どおりのキースである。どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。
「あ、ああ、久しぶり。旅のついでにちょっと寄らせてもらったんだけどさ。……親父さんからクリシアとラウラのこと聞いたぞ。親父さんはクリシアを心配しすぎてちょっとおかしくなってたんだけど、お前は普段どおりで安心したよ」
「ラウラもそろそろ独り立ちしてもおかしくない年頃だからな。これもラウラにとってはいい機会になるだろう。もちろん心配がないといえばウソになるがな」
そう言いながら視線を下げ、再び木を削り始めるキース。その木の形には見覚えがあった。どうやらキースは弓を作っているみたいだ。
『シスコンをこじらせてヘコんでるかと思ってたんだけど、意外と普通だな』
『うむ。いかなることにも心惑わせることなく、休日であろうとも翌日の仕事に備えて準備を万全に整える。なんとも素晴らしい心がけじゃな。お前もアヤツを見習うが良いぞ!』
ヤクモがウンウンと頷きながら念話で答える。俺としては休日に翌日の仕事の準備とか絶対やりたくないけどな。
そんな会話をしていると、キースが木を削る作業を続けながら話しかけてきた。
「イズミよ。同志が訪ねてきてくれたことは嬉しいのだが、今は手が離せなくてな。すまない」
「ああ、別にそのままでもいいから話を聞いてくれ。実は今回この村に来たのは、お前にこれをやろうと思ってだな」
俺はストレージから魔道袋を取り出し、キースの足元に置いた。
「これは?」
「魔道袋だ。これがあれば狩りが楽になるだろう? たまたま手に入った物なんだけど、俺は収納魔法があるから必要ないんだよ。でも使わないのはもったいないからさ、俺の代わりに使ってくれよ」
「む……。たしかにこれは狩人には有効な道具だ。しかし高価な物だとも聞いている。本当にいいのか?」
「ああ、使ってくれ」
「わかった。ありがたく使わせてもらおう。しかしどうせならラウラのいるときに来てくれれば、ラウラに渡せたのだがな。言っても仕方ないことだが残念だ」
そう言って苦笑を浮かべるキース。
「あー……ラウラにやったほうがいいのか? それならそうしようか?」
「む。ラウラはいないと聞いたのだろう? どういうことだ?」
キースが木を削る手を止めて俺を見上げる。
「偶然なんだけどさ、実は俺もクリシアたちのキャラバンと同じ目的地、海洋都市サウロシアスに行く予定なんだ」
「なん……だと……。それは本当か?」
「ああ、本当だぞ。それで親父さんからはクリシア宛の手紙を押し付けられたよ。お前もラウラ宛に手紙を書くなら持っていってやるけど、どうする?」
「ふむ……。そういうことなら魔道袋と一緒に是非とも持っていってもらいたい物がある。頼んでいいか?」
「ああ、もちろんいいぞ」
「すまないな。それじゃあこちらに来てくれ」
俺はキースの後に続き、解体小屋へと向かう。
解体小屋には何度か入ったことがある。獲物を解体するための小屋なのだが、几帳面なキースらしく整理整頓された清潔な小屋だった。
だがキースが解体小屋の扉を開けると――
ドサーーーーー!!
開けた瞬間、うず高く積まれた木の棒がこちらに向かって雪崩のように崩れ落ちてきた。思わずその場から飛び退く俺。
「おわっ、一体なんだよ!? ……って、これは……弓か?」
「ああ、弓だ」
キースはなんてことのないように語ると、足元にこぼれた大量の弓の中の一つを拾い上げ、それを俺に突き出した。
俺もキースに弓を作ってもらっているが、彼が作った弓は無骨さの中に機能美が詰まったような素晴らしい物だった。
だがキースが突き出した弓には、コイツらしくない鮮やかな模様が描かれ――いや、これってもしかして模様じゃなくて文字か?
目を凝らしてみてみると、弓の表面にはびっしりと小さい字でなにやら彫り込まれていた。
それを見てまず思い出したのは、ネットやテレビで見たことがある細かい文字が書かれた米だ。アレとよく似ている。
「お、おい、これって文字だよな? 細かすぎて読めないんだけど、なんて彫ってるんだよ」
「ああ、お前にも書いたことがあったろう? 我らは弓に森の神への祈りや願いを彫り込むのだ。この弓にも同じようにラウラへの祈願を彫り込んでいる」
たしかに俺の弓にも『森の神よ、我が同志イズミを護り給え』の一文が彫られていた。しかしこの弓に彫られているのはそんな短文ではない。
しかもよく見れば、キースが拾った弓だけではなく、崩れ落ちてきた弓のすべての表面全部に、びっしりと小さな文字が彫り込まれていた。
「もしかしてお前がさっき削っていた弓も?」
「ああ、完成したら文字を彫り込む。当然だろう?」
そう言ってにこやかに微笑むキース。こうして真正面から見て初めて気づいたんだけど、コイツの視線はどこか焦点がおぼつかないし、口調にも抑揚がない。
――アカン、やっぱりコイツもおかしくなってたわ。
俺は念話でヤクモに尋ねた。
『おい、お前はこいつを見習えって言ったよな?』
『スマン、さすがにこれはワシにも扱いきれん。お前の方がまだマシじゃわ……』
どうやらさすがのヤクモもドン引きらしい。
「これらの弓はラウラの厄難消除・道中安全・家内安全・常勝祈願・学業成就・交通安全・事故防止・技術向上・諸縁吉祥・所願成就・武芸上達・身上安全・必勝祈願・病魔退散・方位除災・無病息災・病気平癒・身体健康・延命長寿・開運厄除・事業繁盛・勉学向上・開運祈願・開運招福・心願成就・因縁消滅・除災招福・諸災消除・商売繁盛を祈った物だ。お前には是非ともこれらをすべて持っていってほしい。やはりラウラの手元にあったほうがご利益があるだろうからな」
小屋の中の弓の山を見つめながらキースがつらつらと語る。怖い。
とはいえ、さすがに全部持っていってやってもラウラが困るだろう。
俺は粘るキースをなんとか説き伏せ、弓は三つまでにしてもらった。そうしてキースが弓の選考が終わる頃にはすっかり日が暮れていたのだった。
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